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なんちゃってなIT用語辞典13

多分何の役にも立たないIT用語辞典
How that IT term sounds funny



FAQ


Frequently Asked Question


FAQという言葉をよくあちこちで目にする。
意味は「しばしばされる質問」ということだ。
一般的な質問ということになる。

発音はエフエイキューでなくてはいけない。
間違ってもファ○クと読んではいけない。英語圏では完全に放送コードに引っかかる言葉だからだ。

これは製品の情報を掲げるメーカーやベンダー、ソフト開発者のサイトに掲載されることが多い。
ある特定の製品を使っていると皆が思うような一般的な疑問、質問にいちいち答えていたら大変な労力になるので、
「まずFAQを読んでね。それでもわからないことだけ質問してちょうだい。」
という意味合いで掲載されることが多い。

このFAQを読まないで平気で質問してくるユーザが多いから、メーカーのサポートなんかはうんざりすることが多いようだ。

だからサポートという人種と話をする時にはまず、こちらが
「FAQはちゃんと読んでいますよ。読んで理解した上で敢えてこういう質問をしているんですよ。」
ということを理解させないといけない。


さもないと

「まずFAQを読んで下さい。」

というお座なりな対応をされてしまうわけだ。

このサポートとのやりとりということでは私も色々な体験をしているし、このサイトを見ている人たちもそれぞれに面白い(?というような悠長なこといってられない場合もあるだろうが)体験をしていると思うが、向こうもど素人相手でいい加減うんざりしている人たちなのでまず自分はFAQも読まずに質問するようなど素人じゃありませんよということを理解させるという作業が必ず必要になる。

これはあるファックスソフトのサポートと実際にあったやりとりなのだが、
「ファックスソフトを起動するとクラッシュする。送受信にも一度も成功しない。何が原因か?」
というこちらの問いかけにサポート氏は、
「弊社のFAQを読んで下さい。URLはhttp://www.....にあります。」
と一言それだけメールで送りつけてきた。

どういう症状かも確認することなく機械的に対応されているような気がしたので、

「貴社のFAQは既に読んでいる。
しかし貴社のFAQにはいきなりクラッシュするケースについてはどこにも書かれていない。
なのにFAQを読めという対応をするというのはどういうことか?
貴社のサポートの考え方を聞きたい。
FAQを読めといえばユーザが黙るとでも考えているのか?」

とかなり強い調子で抗議調の返事を書いた。

これで相手はちょっとビビったのかまともに対応するようになったのだが、

こういう怠慢なサポートを脅し上げる意味でもFAQにはちゃんと目を通しておいた方が良い。



しかし世の中には読むに値しないようなくだらないFAQもあることは確かで、

「Q、パソコンが起動しない?
A、電源用のコードがコンセントに入っているか確認して下さい。」

というような時間の無駄としか思えないようなFAQも実際に目にする。
だからFAQはファ○クだというジョークも成り立ってしまう。


ところでこの話で思い出したことだが、家電製品の取説という奴だが読んで今まで役に立ったという実感を持ったことはあまり無い気がする。
それはどういうことなのかあるメーカーの技術者に話を聞いてわかったのだが、取説を書いているのは大抵は取説ライターというのがいて、そういう人が開発の人たちに取材して書いているそうだ。

この取説ライターという人が有能な人なら良いのだが、

大抵は技術的な要点がよくわからない人が書いていて、しかも技術者は文科系の人間にもわかるように平たく説明する表現力が無いから珍妙な取説ができてしまうのだという。


なかには開発した本人が読んでも理解できないような取説もあるそうだから、そういう取説を読まされる文科系出身ユーザはもう災難としか思えない。

Windows搭載パソコンやPDAや携帯電話の取説なんかを読んでいて思うのだが、どうしてこんなに解りにくい書き方をしているんだろうかと常々疑問に思っていたのだが、要するに書いている人間もあんまり意味が解んないんじゃないか。


家電製品はもう取説に頼っている時代じゃないと思う。
箱を開けたら何も読まなくても、すぐに使えるというインターフェイスを真剣に考えないといけないんじゃないだろうか。

パソコンも

「家電製品化が進んでいる」

というのならなおさらそうであるべきだ。
いつまでも理解を拒絶したOSにおんぶにだっこという製品を作っていて良いものなのかどうか。

それで前出のような
「コンセントを確認して下さい」
なんていうFAQをサイトに掲げているから、

いつまでたっても素人ユーザはFAQを読むようになってくれないのだと思う。


このアタリ、日本の産業の活路は家電製品だというのなら家電製品メーカーは猛省してもらいたいもんだ。

FAQの解説というよりも雑感になってしまった。





フーリエ解析


Fourier analysis

フーリエ解析という数学の領域がある。
これは工学部では、特に情報工学や電気、電子関係の工学部では必ず2回生か3回生になると習う科目らしい。

文科系出身者にはとんと馴染みがない言葉だが,最近のITを理解する上で実は避けて通れない、あの技術にも、この技術にも使われているというポピュラーな考え方だという。

一言でいうと、

「関数をsin/cos関数で表現することにまつわる問題を扱う数学の分野」

ということになるらしい。

この説明文では全く意味が解らないと思う。
私も意味が解るような学科出身者ではないが、たまたまこの言葉とはずいぶん前に出会っていたのでおぼろげながら意味が解る。

それでこの数学的な考え方が、jpegやmpeg、また最近ケータイ電話市場をにぎわしているcdmaという技術の根幹的な考え方なのだという話を最近読んでちょっと納得した部分もあるので、この言葉に触れる気になった。
しかし数学者でもなんでもない私が、このフーリエ解析とはなんぞやという解説をするつもりは全くない。
そんなことができるとも思っていない。

でもこういう物がどう最新のIT技術に影響を与えているのかを知ることで、今までブラックボックスだったものが、少し意味がわかったような気がするのだ。



音楽に詳しい人は知っているかもしれないが、今から20年ほど前にシンセサイザーは、従来のアナログシンセサイザーからデジタルシンセサイザーに世代交代した。

その時代のメルクマールになった歴史的な名器ということで、YAMAHAのDX7というシンセサイザーがあった。

このプロユースのシンセサイザーを結構無理して私も買ってしまったわけだが、これは大変興味深い楽器だった。

この話はシンセサイザーという楽器の原理について書かないと本題に入れないので、多少話は煩雑になるがおつきあい願いたい。

従来のアナログシンセサイザーは人間が聞こえる全ての周波数が全部入っている「ホワイトノイズ」をベースにして、その信号に高音をカットするオーディオフィルタや低音をカットするフィルタを噛まして音を作るという仕組みになっていた。

この「ホワイトノイズ」は耳で聞くと「ザー」という音にしか聞こえない。
しかしこれをフィルターをかけることでピアノ風の音やバイオリン風の音を作っていたわけだ。
これがいわゆるムーグ方式のシンセサイザーで、冨田勲なんかが使っていた「ムーグ3号」なんていう家が一軒買えるようなシンセサイザーも基本的にはこういう仕組みになっていた。
これは木を削り出して彫刻を作る方法に感覚的に似ている。

全て引き算で音を作るので、元の音にないものは足すことができない。

これがアナログシンセサイザーだった。


これに対してYAMAHAがDX7で打ち出した音響合成法は全く違う考え方で、もとの音は全てsin波(正弦波)でこれは耳で聞くと「ピー」という音になる。
この正弦波を別の正弦波で変調する。つまり波を重ねるわけだ。

例えば元の正弦波を3倍の周波数の正弦波で変調すると「ノコギリ波」が出来上がる。
これのアタック(音の出だしのノイズが強い部分)を足してやるとファズギターの音になったり、逆に頭を丸くしてやるとバイオリンの音になったりするわけだ。

この音の作り方はブロンズの彫像に似ていて後から音を足すことができる。
なので木を削り出すよりも精密な音づくりができる。

この音の作り方をFM変調というが(FMはあのFMラジオと同じ意味のFrequency Modulationの略だ)

この考え方のもとになったのがフーリエ解析なのだという説明がついていた。



フーリエ解析の考え方はこうだ。
自然の現象は全て波形に還元できる。しかしこの波の形は一見全く不規則で無意味のように見える。
しかし細かく分析するとその波には一定の規則性を必ず見いだすことができる。

例えばバイオリンの音をオシロスコープに映し出してみると、全く無秩序な波の形がそこに見える。
バイオリンの音はその始まりに多くの倍音を含んでいるが、それを除去してみると実はきれいなノコギリ波で構成されていることがわかる。その倍音もよく見ると基調音のノコギリ波を何倍かに波長を短くしたようなものが何重にも重なった構造になっていることがわかる。

つまり一見複雑なバイオリンの波形は、実は単純なノコギリ波の組み合わせで表現することができるし、そのノコギリ波はさっきも書いたように正弦波の組み合わせで表現することができる。

つまり正弦波の関数である三角関数sinを使ってこの複雑な波形は実は完全に表現できてしまうという考え方だ。


三角関数で表現できるということは、このデジタルシンセサイザーを使ってそっくりの音を作れるということだ。
もし自然界に存在する全ての音を三角関数で表現できるのなら、全ての音はこのシンセで作ることが可能だということになる。
そして実際には全ての音はこのフーリエ解析で、三角関数に還元できるのだ。


これがデジタルシンセサイザーの原理のスタートで、今日の音楽制作の現場で使われるデジタル音源も基本的にはこのFM変調と他の何かの組み合わせで成り立っている。

私は個人的な事情でこのフーリエ解析という言葉とは音楽を通じてお知り合いになった。
個人的にはあまり使いこなせるほど深く理解したというわけではないが、まぁそれでもどういうものか見当がつくぐらいにはなった。


ところでそのフーリエ解析という言葉を20年ぶりに最近また頻繁に聞くようになってきた。

ひとつはjpeg、mpegという信号圧縮の行程で使うということで、実はパソコンを扱う人にはもうすでに日常的にお世話になっているのだ。


jpeg、mpegというのは写真や、音楽、動画を扱う圧縮フォーマットだ。
パソコンを起動してwebを見にいけばjpegに出会わない日はない。
mpegもmp3という形で音楽を聴いていたり、DVDで映画を見たり、日常使っているはずだ。

以前にコンピュータは究極のところ全ての信号を2進数に変換して通信する機械だと書いた。
数字が2進数に変換できるのは誰でも問題なく理解できるだろう。
文字も文字コードを使ってあらかじめ割り当てられた数字に変換して、その数字の羅列を2進数に変換する。
これで何となく文字を扱えるのは解る。

しかし2進数で音楽や写真を扱うというのどういうことだろうか?

これはなかなかピンときにくかったのだが、例えば音楽はPCM(Pulse Count Modulation)のような方法で数字に置き換えることができる。
これは音圧と時間軸をメッシュで切って、波の形を全部座標軸であらわすという方法で、ひと昔はデジタル録音といえばPCMフォーマットに決まっていた。

画像も実は2次元の広がりを考えるから分かりにくくなるので、コンピュータは画像も横に400本程度の走査線で割った線の集まりとして見ている。
これはテレビと同じことだが、その走査線を見ていると連続的な波形を持った線だということはすぐに解るので、これも扱い方は結局音楽用のPCMと同じことになる。

ただし問題はPCMの生データはでかいということだ。


例えばCDに一杯一杯に録音された音楽データをそのまま取り込むと一枚で640MBの大きさがある。これをもし10枚取り込むと6GB、100枚で60GBということになり大抵のデスクトップパソコンのハードディスクはこれで満タンになってしまう。

しかしここでフーリエ解析が出てくる。
フーリエ解析では全ての波形を三角関数で単純化することができる。
すると生のデジタル化データをそのまま記録するよりも簡略化できるところはできるだけ簡略化してしまう方が、データは当然軽くなる。

jpeg、mpegはこういう考え方が基本原理になっている。
(勿論これだけではなくデータの間引きも行われている。だからjpeg、mpegは不可逆な圧縮法なのだが)


ところで以前第3世代携帯電話の特番の取材をした時に、下調べをしていて現行のPDC方式や、次世代のcdmaの違いがなかなか説明しにくいということは何度か書いた。
現行の携帯電話は結局はどの方式もTDMA、つまり時間分割マルチアクセスで、特定の帯域をある瞬間はAというユーザに使わせ次の瞬間にはBに使わせるというように、時間で分割してあたかも複数の帯域があるかの如く利用しているというものだということも書いた。

これに対してcdmaはCode Division Multi Accessという名前が付いている。

TDMAは時間で分割するというわかりやすい方法だったが、符号で分割するマルチアクセスというのはどういう意味なのだろうか?



パーティのざわめきのなかから、一人の人の話し声を聞き分けるのはどうやってやっているのか考えてもらいたい。
ざわざわは途切れなく続いている。
そのノイズと目的の人の話し声は全く別の音として私たちは認識している。
しかし耳に入ってきて鼓膜を振動させている時点では、この話し声とざわざわは全くひとつの線形の波形として入ってきているのだ。

私たちの脳の中の認識の部分で、このパターンを認識してざわざわと話し声を別の音として聞き分けている。

もし通信の世界でこれと同じことができたら測りしれないメリットがある。

なぜならパーティのざわざわの中でも声を聞き分けることができるなら、狭い帯域の中で多くの人が使う電話の信号の中から自分が必要な信号を聞き分けて再生することができる。


すると今までは時間分割で電波を分け合っていた携帯電話が、もう同じ時間に同時に同じ帯域を使えるようになる。パーティのノイズが限界量を超えるまでは何人でも増やせるわけだ。


cdmaというのは結局これと同じことをやっているわけで、今までのアナログ方式やTDMA方式は帯域や時間で信号を分割して使うことを考えていたが、cdmaは信号を混ぜてしまう。
しかしただ混線させるのではなく、その信号を符号化して複数の信号をブレンドする、復号化する時には特定のパターンのルールに従って、符号を分割複合する。

その過程で複雑な波形も単純な三角関数で表現するフーリエ解析が必要になってくる。

ざわざわに埋もれた符号を認識するには波形を単純化してとらえる方法が必要だからだ。


喩えてみるなら、アナログの携帯電話は田舎のあぜ道を走っているようなものだった。
TDMAの第2世代電話はこれに対して対向2車線の高速道路のようなものだ。
そのたとえでいうとcdmaは片側64車線の高速道路になったということがいえる。


もともとのフーリエ解析の考え方は、無秩序、無意味に見える自然現象(波形)から法則性、秩序を見いだすというコペルニクス的自然科学観から発生しているのかもしれない。
(そんな詩的なものではないのかもしれないが)

西洋の自然観は東洋とはかなり違う。
自然とは無秩序無意味なもので、秩序ある世界というのはもっとも神に近い世界なのだ。
だから自然は神と対立するものであり、人間はこの無秩序を克服し神の世界を広げる努力をしなければならない、というのが中世的なヨーロッパの世界観だった。

ところが自然科学という新しいジャンルの学問が登場し、この中世的世界観に疑問を投げかけるようになった。
コペルニクスは惑星の運行に明確な法則性を発見し、実はこの宇宙はきわめて秩序だった均整の取れた方程式で表現できるような世界であるという研究をまとめた。
しかしコペルニクスは生前にはその研究を発表しなかったという。

さらにコペルニクスの研究を受けたガリレオ・ガリレイはその単純な法則性を持った世界観を発表して、宗教審問にかけられることになってしまった。
なぜなら神の世界よりも自然の方が秩序だっていると発表することは、反キリスト教的行為だったからだ。
結局ガリレイは自分の研究は間違いだったという宣誓文に署名させられたが、署名をした後で

「私が肯定しようと否定しようと、そんなことに関係なく地球は回っている。」

とつぶやいたそうだ。

それ以降も自然科学とキリスト教世界観はながらく敵対していた。
(2〜3年前だったかローマ法王庁はガリレオの研究が正しかったことを認め、彼の名誉を回復したというニュースが流れた。人類が月面を踏んで30年以上たってからだ!)
これは我々アジア人には到底理解できないことだが、西洋の歴史はこのキリスト教と自然科学という相克し相容れない二つの世界観をどう折り合いを付けるかという歴史だったという気がしている。

自然科学は突き詰めていえば、一見無秩序に見える自然の現象に法則性を見つける方法論だといえる。
例えば木の枝の形や、打ち寄せる波頭の形など一見無意味な物を数学的に表現しようとして、フラクタルなどという数学的方法が考え出された。
フーリエ解析もそういうものではないかと思う。

ところがフーリエ解析は単なる詩的な世界観を表現するためにだけ使われているのではなく、デジタルネットワークというもっとも詩的ではない現代的な新秩序の中で大いに活用され始めている。

神の世界に近づいているのかいないのか、そんなこととは無関係に地球が回るが如くテクノロジーは拡大していく。


こういう技術の進歩の逞しさには好感を持ってしまう。



2004年5月4日












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