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欺瞞と偽造の国「中国」の現代版検閲

北京五輪の漂う悪臭に辟易



欺瞞と偽造の国「中国」の現代版検閲

スゴいなと思う話がそれも数珠つなぎになって次々出てくるのが北京五輪
CG合成の花火、口パク少女、ゆーこりんのプレスキットラジオとか他にもいくつかそういう記事を見かけたが、これこそ決定版という話が出てきた。

北京五輪体操選手の年齢詐称疑惑--中国ネット検閲の実態も話題に-マーケティング - CNET Japan
がそれ。

中国の体操選手などが五輪の出場資格をごまかしているという話。
それ自体は別に中国が世界で初めてということではなく、これまでに数限りなくあったことだし驚くことではないのかもしれないが、中国の場合はこの話の根拠となった中国バイドやGoogleチャイナの検索情報、キャッシュが軒並み組織的に削除されているという点だ。

つまりこの出場資格ごまかしは、個人の出来心ではなく国家レベルで組織的に行われているということだ。
この国はどこまでウソで固めた五輪で「国威発揚」なんてことをやる気なのか、底が見えない気がする。

この国は元々「焚書坑儒」として、現体制に不都合な思想を記述した書物は全て焼き払い、そういう思想を持つ人物を生き埋めにして
「なかったことにする」
という歴史を積み重ねてきた国だ。
そういう激しい思想闘争史、権力闘争史の歴史の中でいえば五輪の選手の年齢詐称などカワイイ問題なのかもしれない。
たとえそのために世界的なスタンダードのGoogleの検索結果まで改変させるにせよだ。
それで誰かが殺されたりしたわけではないという意味では罪は軽いということかもしれない。

しかしネットを検閲してキャッシュまで削除させるって、空恐ろしいな。
この国には「真実」とかそういう概念そのものが存在しないのかもしれない。

それが国全体に広がる思想コントロールに繋がっているのか。
だから世界中の聖火リレーで、「全くの民間人」という身分の中国人が聖火の周りをまるで警護隊員のように取り囲んで走って世界中でひんしゅくを買っているのに、この国の国民だけは
「当然のことであり、これを非難するあらゆる勢力は中国の崩壊を目論む国家の敵だ」
という理解しかしていない。

それが善光寺といういわば日本の精神的象徴の地で、チベットの国旗を持つ日本人まで殴り倒して、何ら恥じることがないような「常識」につながるのか。

このことを考えていて、以前司馬遼太郎の随筆を読んだ時の感想がよみがえってきた。
司馬遼太郎が長安かどこかの「米倉」を見た時の話だ。
戦国、三国時代の中国の米倉は地下に垂直に10メートルほど掘った縦穴があるだけで、他にどういう構造もない。
この穴に屋根をつけて鍵をかけ衛兵に守らせたのだという。
この穴に米を、あるいは北部の穀倉地帯では小麦をそのまま入れて貯蔵したという。
戦国時代にはこの穴に入れた米を奪い合うのが戦争だった。

春秋戦国、三国志時代、随唐帝国などいずれの時代の英雄、例えば秦の始皇帝、漢の高祖、曹操、劉備玄徳などは皆子分達に「喰わすことができる」大将だったという。
彼らはこの縦穴の米を奪い合って戦争を繰り返したのだ。
「喰わすことができる」から人々がついてくる。
子分といったって1万人とか数万人とかいったオーダーの人数だ。
それがやがてひとつの大帝国を築いてしまう。
それが秦帝国であったり漢帝国であったり大唐帝国になったのだという。
司馬遼太郎は、
「この真っ直ぐに切り立った縦穴を見ていてふとそのことに思い至った」
と書いている。
これが中国の歴史の本質なのだとすると、4000年の歴史でほぼ初めて13億人の国民の大部分を「喰わせる」ことに成功している現政権こそ
「秦の始皇帝にもまさる繁栄をもたらした英雄」
ということになる。
「喰える」ことが重要なのであって、そのためにいたいけな少女に口パクをさせようが、Googleやバイドに検閲をかけようが、善光寺でチベットの旗を持つ日本人を殴り倒そうが、そんなことは重要な問題ではないのかもしれない。

それが彼らの「正義」であるなら、こうした検閲は私が衝撃を受けたほど、彼らには「恥ずべき行為 」とは思えないのかもしれない。

私は別に嫌中論者でもないが、今回の五輪から漂ってくる鼻が曲がりそうな悪臭だけは我慢ができない。
そういう国が狭い海を隔てた向こう岸に二つも存在するという現実には愕然とさせられる。
こういうネット検閲が中国では実施されているといううわさはこれまでにも聞いたことがあるが、まさか本当にやっているとは思わなかった。

そんななかこんな人物もいる。
教師の告白があぶり出した中国社会の「危機意識」
中国で思想統制に異論を唱えるにはこんな方法しかないのかもしれないと考えるのもまた、恐ろしい感じだ。
でも一人でもこういう人物がいるのは、心に灯がともるような思いなのだが。




2008年8月24日
















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青木さやか