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なんちゃってなIT用語辞典4

多分何の役にも立たないIT用語辞典
How that IT term sounds funny


インターネット

Internet

インターネットというものはどういうものか、よく判らないという人は今ではもうあまりいないだろう。
今や子育て中の専業主婦でもweb上のBBSにどんどん入ってくる時代だ。
インターネットというものはどんな仕組みなのか説明できなくったって、仕事でもうどんどん使っているだろうし、どんな機能のものなのか見当もつかないという人はもうあまりいないだろう。

しかし10年前は違った。

10年前の93年頃にはインターネットとは何なのかピンと来ている人は、僕の周りではあまり多くなかった。
時事用語として話題になっていた言葉だったが、パソコン通信とかオンラインのデータ端末と混同している人が結構いた。
僕自身もインターネットという言葉はマイケルクライトンの「ディスクロージャー」という本を読んで初めて知ったくらいだ。
この本を初めて読んだ時に
「すごいねぇ、アメリカでは全米中の大学、企業が全てインターネットで結ばれていてどこからでも電子メールを送れたり、ネット上の情報は世界中どこからでも見ることができるようにもうなっているんだねぇ。
まっ、僕には一生関係ないだろうけど。」
と思ったもんだ。
これが僕とインターネットの出会いだ。


インターネットという言葉が急速に一般的になったのは、多分1993年から94年にかけてではないだろうか?
勿論webはそれ以前からあった。しかしインターネットを一般の人に印象づける出来事がこの年に起こった。

webブラウザのモザイクとNetscapeの登場だ。

こうしたブラウザの出現で、インターネットは容易にリソースを探せるフィールドになったし、テキストだけでなく、写真や音楽、やがては動画までコンピュータで扱うことができる物は全てネット上に用意して表示できるというメディアに変わった。
そして最初は関係ないと思っていたインターネットが重要な要素になってきて、今では無いと仕事もできないというくらいのものになってしまった。


しかし最初のインターネット通信はわずか二文字のテキストだった。
時は1969年、今から35年前の話だ。


そのインターネット通信を最初に実行した「インターネットの生みの親」と呼ばれる人物を取材した。
その人物はロサンゼルスUCLA大学のコンピュータ科学学科で今でも教鞭を執っていた。
レオナルド・クラインロック教授はインターネットの最初の4つのノードのひとつのUCLAのコンピュータのオペレーションを指導していた。


クラインロック教授はそれ以前に、インターネットでの通信はパケット交換方式であるべきと主張して、その方式の具体的な通信方法で論文をまとめた業績の持ち主だった。

その理論も実に明解だ。もし従来の電話のように回線交換方式でネットワークを構築してしまうとふたつの拠点がセッションを確立している間、回線が一本占拠されてしまう。
その間効率的に通信がされていれば良いが、

オペレーターがコーヒーを飲んで休憩している間もその回線は他の人が使うことができない。


しかしやり取りしたい情報をパケット、つまり宛先付きの情報の小さな小包に分割してしまえば、パケット送信量が回線の許容量に満たない間は他の人もその同じ回線を使って違う情報を違う相手に送ったりできるので、回線が無駄にならない。

情報のトラフィックが増えてくると確保できる回線は限られてくるので、いかにそれを効率的に使うかがネットワークの課題になってくるのは明らかだ。
だからインターネットは最初からパケット交換方式であるべきだという物だ。
実に判りやすい。


教授の研究室に案内された時に教授はまず
「最初のインターネットのパーツのひとつをお見せする」
と言って書庫の片隅に鎮座する冷蔵庫のようなでかい装置を見せてくれた。

「これはスイッチャー(交換機)と呼んでいた物で今日でいえばルータのようなものに相当する。
実に古いテクノロジーで作られていますね。
この中の箱はCPUだ。」

と言って、その冷蔵庫の中にセットされた今のデスクトップPCの本体ほどの大きさの金属製の箱を指差した。
その中にCPUが入っているのではない。そのでかい箱そのものがCPUなのだという。
なんせまだオールトランジスタの時代だ。
今日のように巨大な演算を2センチ角のチップで実行するような小型化はまだ始まっていない。

このでかいルータと、研究室いっぱいのスペースを占拠する大型コンピュータ(ぐるぐる回転する1インチ幅の磁気テープがついた昔のSF映画に出て来るような奴だ)を使って最初のインターネット通信は実行された。
UCLAからスタンフォード大学までを60kbpsという当時としては画期的な高速回線でつないで実験は行われた。
教授は
「当時としては画期的な高速回線だったが、今のダイアルアップとたいして変わらないね。」
と述懐しながら苦笑していた。

スタンフォードの研究室と電話で話しながら最初の送信文をタイプしたという。
それは
「LOG IN」
という5文字だった。最初のLとOは送信に成功したがGをタイプした瞬間にスタンフォードのコンピュータがクラッシュ、世界最初のインターネット送信実験は2文字で中断してしまった。
しかし偶然にも
「LO」
は「やった!見えた!」というような意味らしい。
この最初の2点間からすぐにユタ大学、カリフォルニア大バークレー校をつないだ4ノードのネットワークが完成、これが次々と拡張されて今日のインターネットになったわけだ。


話は教授の研究室にある例の「冷蔵庫」に戻る。
この「冷蔵庫」の外観はどう見ても電子機器と思えないいかつい「装甲」で覆われているような気がした。
そのことを教授に訊くとこともなげに
「それはアトミックバマプルーフ(核攻撃に耐える)だよ。」
と言い放った。

このスイッチャー(ルータ)はゼネラルエレクトリック製で、教授の話によると最初に情報機器技術展で見たこの製品のデモは、「アトミックバマプルーフ」ということで筋肉ムキムキのマッチョが巨大なカケヤでこの「冷蔵庫」をガンガン殴るというものだったそうだ。
筋肉男がカケヤで殴ったからって核攻撃に耐えるという証明にはならないような気がするが、そういうデモをするくらいこの機械は「ミリタリースペック」(軍用規格)な機械だったそうだ。

それに関連してインターネットの歴史を解説した記事を読んでいるとよく
「インターネットは軍事技術から発展した」
という記述にぶつかる。これは半分以上正しくない。
教授に確かめたところ、教授は
「インターネットは軍事技術ではない。ARPAはただ大学の研究のスポンサーだっただけだ。」
と強く否定していた。
こういう誤解が生まれてくる原因は、インターネットがかつてはARPANet(アーパネット)と呼ばれていたからだ。

ARPAというのは東西冷戦のころにスプートニクショックによって生まれたアメリカ国防省の下部組織で、軍事利用できそうな先進技術を発見開発するという目的で作られた専門委員会だ。
このARPAではひとつのテーマが課題に上がっていた。

中枢部を攻撃されても全体として問題なく機能する通信システムを開発すること。
そのために数多くのノードを持ち、ある拠点から別の拠点に通信する時に常に複数のルートがあるというネットワークを実験することになった。



しかし当時そういう実験に使える大型コンピュータを持っている施設というのは大学しかなかった。軍ですら多くのノードを構築できるほどたくさんコンピュータを持っていたわけではない。
そこでARPAが全国の大学に呼びかけスポンサーになってこのネットワーク型の通信を実際に実験することにした。

これが上記のようにクラインロック教授の「LO」という通信で始まるわけだ。
この最初のネットワークはスポンサーの名前をとってアーパネットと呼ばれた。
インターネットは軍事技術だという記述は半分以上正しくないという微妙な書き方をしたのは、最初のスポンサーはARPAだし、その意図は軍事利用だったことを考えると全く正しくないとも言えないからだ。

例の「冷蔵庫」が「ミリタリースペック」だったのもそういうわけだ。
こういう研究はもともとのスポンサーがペンタゴンだったということもあるから、機器類も軍事技術に転用可能ということを強調すれば、売りやすかったという当時の空気もあったに違いない。


しかし実際にはこのアーパネットは軍事目的に使われたことは一度もなかった。
インターネットというネットワークの性格が最初から軍事利用には不向きだったからともいえる。


その性格というのはまず、 インターネットが通信速度も通信の確実性も全てスペックはベストエフォートだという点だ。

条件が良ければ非常にいい結果が得られるが必ず良いとは限らない。

軍事技術は常に規格以上のスペックをクリアしていないといけないという考え方をするから、インターネットという不確実なものはいかにも軍事には不向きだ。
それにインターネットは最初から大学間のオープンな情報交換に使われたが、そういう目的には実にマッチしているが、機密通信を多く扱う軍事通信網にはこのオープンなシステムは全く不向きともいえる。

そういう意味でこのインターネットというものは軍事技術として利用されたこともないし、最初から使えるシロ物でもなかったといえる。

クラインロック教授によると、開発に携わっていたUCLAのメンバー(その中には後にイーサネットを発明した人とか、そうそうたる顔ぶれがいたそうだが)や他の大学のスタッフたちにも軍事技術の研究をしているという意識は全くなかったそうだ。
軍事よりももっと社会に広範に広まる技術になるだろうと当時から既に強く確信していたそうだ。


結局今日でもこのネットは軍事とは対極的な物として発展している。
例えば今、インターネット上の情報のやりとりが戦争行為への抑止力として力を持ちはじめていることに興味を感じている。
イラク戦争の根拠になった大量破壊兵器存在の証拠という英国の諜報文書が実は、ネット上で閲覧できる大学論文の丸写しだったということが簡単にばれてしまい、イギリスの政権を危機に陥れているという話は、19世紀的には、いや20世紀前半的に考えてもあり得ない話だったろうと思う。

情報はかつては特権階級だけが握りしめ、情報を独占することができたから特権階級は特権階級であり続けることができたという中世的な構図が、グーテンベルクの印刷技術の発明で一気に壊れてしまったという歴史を一度体験している。
インターネットは第2のグーテンベルクに喩えられる。

グーテンベルク以来の情報ヒエラルヒーの崩壊が再び始まっているのかもしれない。






キャッシュ/コンバージェンス

Cache/Convergence

キャッシュとカタカナで書くと普通連想するのはCash(現金)の方だろう。
この世界ではCache(隠してある物、貯蔵所)という意味がよく使われる。

コンピュータでキャッシュという場合は、動的に流れるデータの一部を貯めておいてもう一度使う時に備えるという動作を指す。

一番解りやすい例がブラウザのキャッシュだ。

ブラウザは一度読み込んだサイトのhtml、リンク表示しているjpegなどを次々とキャッシュファイルというところに書き込むという動作をしている。
キャッシュファイルは大抵はブラウザ本体のフォルダか、OSXの場合はライブラリなどの中、Windowsの場合はどこにあるのかよく知らないが、そういうところにあるのでキャッシュクリアした状態と、インターネットをしばらく閲覧した後の状態とでその大きさを比べてみればよく解る。

かなりでかいファイルを溜め込んでいることに気がつくはずだ。

これのおかげでブラウザで戻るという操作をした時、さっき表示したサイトをもう一度WANから読み込むのでなく、このディスクキャッシュから読み出すことで表示を高速化するということが可能になっている。

(余談だがこのブラウザのキャッシュというのは溜め込んだままだと大体ロクなことにならないので、毎日棄てた方が良い。それでブラウザのクラッシュを防げたりするからだ。
また高速回線を使っている連中はこのブラウザキャッシュを最初から解除している人も多い。
キャッシュは不安定要因になるということもあるし、ディスク読み出しのスピードよりも、今のブロードバンドの方が高速になって来ているということもある)

キャッシュというのは「コンピュータが自動的に実行するデータ貯蔵」というイメージを何となく理解していただいて以下の話を聞いていただきたい。


3年前にアメリカのインターネット放送がマドンナのライブをネット中継した。
このライブ中継は数億人のアクセスが有ったそうだ。
これがテレビだったら別に不思議ではない。テレビはテレビ塔が垂れ流す電波を個々の受像機が受信して再生するだけの話だ。

しかしインターネットの場合はクライアントとサーバの通信は常に相対(あいたい)、つまり1対1だ。
勿論今の大型サーバは複数の通信を同時にこなすことができるが、それにしても数億人が同時にひとつの放送にアクセスしたという話を聞いて

「そんなのは無理だ」
と思った人はかなりインターネットの構造に詳しい人だといえる。


インターネットでかなりダウンロードアクセス数が多いサーバという物がある。
代表的なのはMicrosoftのWindows Updateなどのサーバだ。

Microsoftは毎週システムにパッチを当てなければいけないような不便をユーザにかけておきながら、その集積パッチをまとめた物をCDRに入れてユーザに配るというようなサービスを極端に嫌がっている。

前回総務省に釘を刺されたせいか、さすがにMSBlast騒ぎの時はちょっとだけ配ったようだが、これも店頭にもらいにいくと「Blastに感染した人だけです!」という妙な断り方をされたりして、この会社はユーザの都合を全く考えていない。
(感染を予防したいからCDが必要なのにもらえるのは感染した人だけというのは、全く目的を理解していないということだ。MSがバカなのか専門店の店員がバカなのか知らないが、結局そのしわ寄せはいつもユーザのところにいく)

それで感染の危険を冒しながらWindowsユーザはMicrosoftのサイトにパッチをダウンロードしにいかざるをえないわけだ。

それだけの数のダウンロードが殺到するとサーバは落ちてしまうのが普通だ。

(コンピュータはタスクをシリアルにしか消化できない。つまり一度にひとつのことしかできないということだ。
時間分割でいくつか複数の処理を並行しているように見えるが、それも限界がある。
これはサーバでも同じことで、一度に4つとか6つとかのダウンロードに応えることはできるだろうが、ひとつのサーバで200とか300とかのダウンロードに一度に応じることはできない)

その時にインターネットで普通に行われている解決法がミラーサーバという方法だ。
Microsoftのサーバと全く同じ内容のサーバを世界各地に置き、本社のサーバで対応しきれないダウンロード要求には他のミラーサーバに応えさせるという方法だ。
だからユーザは、シアトルのMicrosoftのサーバにアクセスしているつもりだが、実際にはダブリンのサーバの中身を見ていたりする。
あるいはワルシャワかもしれないし、エルサレムかもしれない。

ユーザはブラウザに表示されるURLを注意深く見ていない限り、そういうミラーサーバに飛ばされているということには全く気がつかない。

ミラーサーバに置いておくのは、WindowsUpdateのexeファイル以外にもバイナリファイルだったりmpegだったり色々な物を置くことができるが、そこに置くのは大抵はスタティック(静的)なファイルなのが普通だ。
それはどういうことかというと、事前の準備として本社サーバからダウンロード用のファイルをコピーしてくれば良いということになる。


ところが問題はマドンナのライブだ。
ライブだから事前にミラーサーバにコピーしておくということができない。
現在進行中のイベントをエンコードができたところからどんどん流すというライブのネット中継で、しかもアクセスが殺到しそうな時はどういう方法がとれるか?

ここで先ほどのキャッシュという考え方が出てくる。
キャッシュサーバは動的に送られてくるファイルを記録しながら同時に送出できるように構築されたサーバだ。
本社サーバから送出されるライブ映像は世界各地にあるミラーサーバと同じ働きをするキャッシュサーバに同時に蓄積される。
キュッシュサーバは録画しながら、同時に今録画した映像をアクセスしてくるクライアントにどんどん送出していく。
こういうサーバを世界各地に置くことで、同時に億単位の人がアクセスするライブイベントが可能になった。

この方法でマドンナのネットライブを成功させたのはシリコンバレーのInktomeという会社だ。 インクトゥミと読む。
この会社と取材交渉をした時(僕自身は直接取材していない。取材は他のディレクターに行ってもらった)、Inktomeはサーバダウンしてもすぐに他のキャッシュサーバが代理になって送出を開始するというシステムのデモをしてくれることになった。

こういう技術の発展について、よく出てくる言葉にコンバージェンスという言葉がある。

この言葉は普通「収斂」と訳す。
出自が全く違うふたつの物が似たような進化を辿って同じような形になることをさしていう。

例えばオーストラリアにはほ乳類は進化しなかった。
他の大陸でも有袋類は発生したが結局ほ乳類との生存競争に破れ、絶滅してしまった。
しかしオーストラリア大陸にはほ乳類が生まれなかったので、有袋類の天下になった。
その有袋類だが、オーストラリアには有名なカンガルー、コアラ以外に袋ネズミ、袋ウサギ、袋オオカミなどという有袋類が出現した。
いずれも絶滅したが、こういう生物層の広がりはほ乳類そっくりだ。
このように条件が同じなら全く違う種類の生物でも、同じような進化をたどることをコンバージェンス、進化の収斂という。
サメとイルカが非常に似た体型をしているのもそうだ。


これと同じでVHF電波を使うテレビと、インターネットという全く違う出自のメディアが今似たような進化を始めている。

これからさらに似たような発展を遂げるのか、どちらかが絶滅してしまうのか、
この進化には興味深い物がある。



2003年12月31日













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