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気になっていること〜イノベーションのジレンマ

客のニーズは客に訊くなという単純な真理


ちょっと前の話だが、「イノベーションのジレンマ」というクレイトン・クリステンセンという人の著書の話を聞いてそれが気になっていた。
気になっていたのならその本を直接読んでみればいいのだが、最近そういう個人の興味のために本を読む時間が極端に少なくなってきて、今まで放ったらかしになっていた。

ちょっとそのことで調べてみる気になったので、見てみると結構この人とその著書は何年か前に話題になっていて記事はたくさん出てくる。

例えばCNETにはご本人のインタビューが載っていたりする。
イノベーションのジレンマに陥る優良企業たち-インタビュー - CNET Japan

この方の考え方で面白いのは、
「Digital Equipment Corporation(DEC)に代表されるかつての優良企業がトップの座から落ちるのは、競合他社が強くなったためではなく、むしろ一見取るに足らないような、あまり質の高くないソリューションを提供する新規参入企業が現れたためだと結論づける。」
というところだ。
結局ビジネスのメインの需要を構成する「客層」は想定して捉えられるものではなく、3.5インチハードディスクのような際物の登場から、その客筋が雪崩を打って変化していき、かつての王道だった製品は不人気製品に転落していくような流れが起きる。

その流れは「一見取るに足りない」派生商品、亜流技術のようなところから始まり、客にいくらリサーチをかけてもその流れは予想できないというものだ。

分かりにくいのでもう少し続けると、こういうことだ。
この本にもあるしクリステンセンの話でよく引き合いに出される話だが5インチのハードディスクが主流だった当時、ハードディスクを組み込むサーバのベンダーが客にどういう製品が欲しいか訊いてみた。
ところが客はもっと高性能なディスクを搭載したサーバが欲しいというだけで、その意味を「イノベーター」たちはもっとデータアクセススピードが速い、あるいは高速回転の記録密度が高いディスクを搭載した製品が欲しいと理解し、そういう製品の開発を指向する。
要するに技術者はよりハイスペックなものを作りたがる。

ところがここに亜流メーカーが3.5インチディスクなどというものを開発する。

すると客のアンケートリサーチからは「より小さな製品を」なんて要望はひとつもなかったにもかかわらず、いつの間にか客のニーズは3.5インチハードディスクに移ってしまい、5インチハードディスクは全く売れなくなってしまう。

このことは何を表しているかというと、
技術的な高機能、ハイスペックを追求することが必ずしも客のニーズに合致しないこと、
しかしイノベーターたちは常に高機能、ハイスペックへと開発の方向を向けたがりマーケットを失うということを繰り返すこと、
そして客のニーズは往々にして客自身が気がついていないこと、
客は自分が欲しいものを知っているわけではないので、具体的なものを見せられるまでは自分の欲しい物のイメージがわかないこと、
そういうギャップがあるにもかかわらず客にニーズを訊くという間違いは常に繰り返されてきていること・・・
などがこの話が引き合いに出される場合の結論というか落としどころになる。

私自身はこの本を読んでいないので、理解に多少間違いがあるのかもしれないが、このクリステンセンの論を非常に分かりやすく解説した記事も見つけた。

こちらのLife is beautiful- 図解、イノベーションのジレンマという記事では元マイクロソフト社員の筆者が
「Microsoft Office って進化し続ける必要があるの?それよりも、サイボウズやSalesforce.com が提供しているウェブ・アプリケーションを AJAX の技術でも使って進化させた方がよっぽど役に立つんじゃない?」
という問題提議をしている。

ここでいう破壊的テクノロジー(disruptive technology)は5インチハードディスクの市場を破壊した3.5インチハードディスクのようなものをさす。

LP→CD→DVDと進化してきて次にHD-DVDやBlueRayというような進化を続けているところにiTunesやRapsody、On demandTVのようなものが破壊的テクノロジーになるかもしれない。

Nintendo→PS→PS2と進化してPS3やXBox360というような進化を続けているところに「携帯電話とか、ネットに繋がった他のデバイスに提供する新しいデジタル・エンターテイメント」が破壊的テクノロジーになるかもしれない。

Office→Office95→OfficeXPと進化して今まさにOffice2008なんて製品が発表されているが、サイボウズあたりがwebアプリケーションをやる方がずっとインパクトが強い破壊的テクノロジーになるかもしれない。

これらのことは起こってみないと本当にそうかが分からない話だが、でもそうかもしれないと思わされる話ばかりだ。
よく見るとこの記事は2005年の11月の記事だから、この当時はまだ半信半疑だったかもしれないが2年近く経っている今の視点で見れば、かなりそうなりそうな可能性は高い気がする。
(その主体がサイボウズかどうかは置いておくとして)


この話がなぜ気になったかといえば、「ニーズは客に訊くな」というマーケットリサーチの世界ではよく聞く話がここには盛り込まれているからだ。
客のニーズが分からない、どういう開発を進めていったらいいのか方向性が定まらない・・・そういう時に
「じゃあ何が欲しいかお客さんにアンケートをしてみよう」
というのは実はマーケティングリサーチでは最悪の考え方だと思う。
なぜなら顧客は既存客の発想しか持っておらず、そういう人達にアンケート調査をしても「現状肯定」をするデータしか集まらないのは明らかだからだ。
にもかかわらず「客のアンケート結果はこうだから」という理由で現状肯定が繰り返されていく。

そうこうしているうちにまるで見当違いのように見えるサービスが、競合相手から現れていつの間にかこちらは完全に後手に回るということになる・・・こうなりそうな予感は常々感じていて、だから
「客のニーズは客に訊くな」
と思ってきたのだが、なぜかこの考え方は誰にも理解されず歯がゆい思いをしていた。
そこにこのクリステンセンの話を聞いたので、我が意を得たりと思ったのだ。

クリステンセンの話では何故客のニーズは客に聞いても得られないのかが明解に説明されている。
その意味で、この論はとてもクリアだと思う。


ただご他聞に洩れず、この「イノベーションのジレンマ」も一時マーケ屋の間では随分流行したために陳腐化してしまい、今では反論する人も多くなっている。
例えばこういう記事を見つけた。
『イノベーションのジレンマ』に感じた違和感を明らかに (著者に聞く):NBonline(日経ビジネス オンライン)
この方の本の帯では「クリステンセンは間違っていた」と明記されているようだ。
この著者は「私がそういったわけではない」と一応否定しているが「それは私の本意ではない」とはおっしゃっておられないのでやはりクリステンセンは間違っていると考えておられるのだろう。

ここで興味深いのは
「文系の人たちはみんな『書いてあることは正しい』と言う。でも、技術者や研究者といった理系の人たちは、誰もが「違和感を感じる」と言います。」
というくだりだ。
要するにコンサルやマーケ屋、営業畑の連中はみんなクリステンセンは正鵠を得ていると思うし、実際に技術開発をしている人達は「それでは技術屋がみんなバカみたいではないか」という違和感を感じるということなのだろう。

クリステンセンはハーバードのビジネススクールの先生だから、ビジネスの分析は得意だがIT技術のことは意外にご存じないというのもそうなのかもしれない。

そのことで今ちょっと連想したことがあったのだが、このことはいずれ後日に書く。
文系の連中はやはり技術が分かっていないし、技術の連中はやはりマーケットが分かっていないという話の実例を今思い出したのだが、長くなりそうなので続きは後日にゆずって近日中に書く。
とにかくここで書きたかったことは、
「客のニーズは客に訊くな」
というこの一点だけだ。
これが書ければ今日は充分だ。




2007年9月27日













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