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インターネットはついにはRSSの単なるデータベースになって、
その存在は個と分かたれて、そしてついに死は
その支配力を失うかもしれない

二人は手を取って漂泊の足取りも緩やかに
エデンを通って二人だけの寂しい路を辿っていった


インターネットはついにはRSSの単なるデータベースになって、その存在は個と分かたれて、そしてついに死はその支配力を失うかもしれない

Webサイトは近いうちになくなる--インターネットへのアクセス方法の変化-リサーチ - CNET Japanという記事を発見。

このことは最近 全文にするべきか、部分にするべきか、それが問題だという記事でRSSの性格の変化について検証したことと通じる話だ。
これまでは個人のサイトにビジタを誘導するためにRSSフィードを設置したが、RSS自体がひとつのメディアとなり始め、自前のサイトのサーバの中にあるhtmlあるいはxhtmlファイルを直接ビジタが見に来るかどうかはもはや意味をなさなくなって来ているという話だった。

ここではさらにブログの普及がトリガーになってxhtml+CSSという構造が定型的に一般化して、テキストデータのxhtml部分が巨大なデータベースのようにネット全体を通して実行できるソートや検索などのリソースになってしまい、個々のwebサイトというものは意味をなさなくなってくるというのだ。

そうなると視覚的なレイアウトを記録するCSSに逆に何の意味があるのだろうか?などという素朴な疑問がわいてしまうが、そんな疑問に取り合うこともなく現実はすっ飛び始めているかもしれない。
先日の4分の3の人がRSSで全文配信をしているというデータは、実は私にはそれほどインパクトがあった。
この事実は単にRSSで全文配信して読んでいる人もそれなりにいるよというヒマネタではなく、ネットの性格が変わり始めているのじゃないかということを予感させる衝撃的な事実だったのだ。
少なくとも私にはそうだった。

さらにこちらではRSSの全文配信やCSSでhtmlは逆に古典的なテキストデータリソースに回帰して行くという大胆な予想をされている。

そうなるのかどうか私にはわからないが、そうなるんじゃないかという予感みたいなものは確かに感じている。

そうだとするとこんなhtmlで細々とキャプチャーを織り交ぜてパソコンの運用記録をつけているサイトなんて何の意味があるんだろうか。
ますます存在している意義に疑問を感じてしまう。
趣味というには手がかかりすぎるし、かといってこれが何かに発展して本業になるような商売になるとも思えないし。

こんな嵐の前夜のような変動の時代に、茅葺き屋根の葺き方の技術を誇るようなことをして何になるんだろうか。




2007年10月12日













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青木さやか