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音楽著作権についての一つの思考実験

〜ヒートウェイヴさんの和解(全面敗訴)に寄せて



音楽著作権についての一つの思考実験〜ヒートウェイヴさんの和解(全面敗訴)に寄せて

以前JASRACが文化の停滞を招いていないという誤謬という記事で、JASRACそのものを搾取者扱いするのは間違いではないかということを書きたがっていた JASRACがアーティストから搾取しているという誤謬というサイトを批判した。

この方がつい筆を滑らせて
「著作者は著作権者に権利を売った時点で、その利用に対価を支払わなければいけない・・・中略・・・
もし、自分が作ったんだから良いだろうとお金も払わずに勝手に利用すれば、それこそ権利侵害もいいとこ。いやなら権利を譲渡しなければいい。」

「これらのことを不条理だと考えるのであれば、自らのコントロール可能な形で原盤を製作する必要がある。つまり、コストもリスクも全て自分が負わなければならない。」


というようなことを書いておられたのを批判した。
「いやなら権利を譲渡しなければいい」
というのはあまりにもひどい言い草だと思ったからだ。

レコード会社がそんなあこぎな商売をする筈がないなんて常識論がここにには見え隠れしているが、この
 報告です。
 過日、ソニーとの間で「和解」が成立しました。/ROCK'N ROLL DIARY

という記事を見てほしい。まさしくここらの話題が現実にも進行している。
現実はそんな妄想世界よりも遥かにひどいということだ。

これの何がひどいかというと、
1)民事契約というのはそれを結んだ時点で想定できなかった新たな権利の派生までは規定できない
2)そうした想定できない新たな派生権利も全て将来的にレコード会社のものになるというような権利の範囲を限定しない契約は公序良俗違反として無効
3)だからweb配信権は100%アーティストのものとしても法律上は問題なさそうなものだが、原盤制作にかかったコストにも配慮してその権利は両者半々とした裁定が出ている
4)にもかかわらずソニーミュージックエンターテインメントはweb配信の生殺与奪の権は全て会社にあるという態度で、これに質問しただけでいきなり内容証明付き郵便を送りつける恫喝的対応をする
5)こうした法律の原則は考慮されたのされなかったのか、結局東京地裁の判決内容は会社側の言い分を追認しただけ
(「電々公社のINSを見れば平成元年当時にも想定できた筈」という論拠にはぶっ飛び!! 私はCAPTAINを間近に見ていたが、これで音楽配信が可能になることは想像できていたろう?なんて後からいわれても「まさか!」としか言いようがない、そういうシロ物だった。正直100年たっても無理かと。法律家の皆さんてやっぱり技術音痴なんだ)

相変わらず音楽産業、関連団体のやることはどこをとってもひど過ぎる。
こんな産業は日本の品格のために一日も早く滅びるべきだと思うが、今日思いついたのはそっちの話ではない。


実は今感染症で39度5分の高熱にうなされている。
さっきまで病院で点滴を受けていた。
その熱にうなされてこんな夢を見た。


ここに一人の男が同じCDを2枚買ってその片方を彼女にプレゼントする。
この男は例えばヒートウェイヴの熱烈なファンなのかもしれない。彼女に自分が好きなアーティストの良さを知ってもらいたいとCDをプレゼントする・・・
はたしてこれは違法か?

こんなことよくあることじゃないだろうか。
男が買ったCDをどこに保管しようが、別に法規上の問題はない筈だ。
それがたまたま彼女の家でもだ。
彼女が封を切ってCDを再生しその音を聴いた瞬間にわずかに違法性のニオイがしないでもない。
でもこれは2枚CDを買っているということで、問題ない筈だ。
消費者がCDを買うという行為は、そのCDに記録されたアーティストのパフォーマンスやジャケットのデザインを買っているのであって、一枚30円程度のポリカの板や、40円程度のアクリルのジュエルケースをあんな高い金出して買っているわけではない。
2枚買ってそのうち一枚をプレゼントしたのだから、「私的利用」の範囲内だと考えられる。
第一取り締まる方法がないだろう。
彼女にCDを渡した時点では何ら違法性はなく、しかも彼女はそのCDを聴かないでそのままゴミ箱に捨てしまうかもしれない。(人生とは往々にしてそういうものだ)
この場合は何ら違法性も成立せず、男の思いは通じないという哀しい事実が残るのみだ。


今度は全く同じ曲のmp3をitunes storeで二つ買う。
別にソニーのmoraでも良いのだが。
これを同じようにひとつ彼女にプレゼントする。
するとどうなるか?
彼女に渡した方は自分のライセンスも解除して自分のパソコンから削除する。
ちゃんとライセンスは二つ買っている。
これは合法か?

これは原本を削除しようがコピーした段階で違法になると思う。
デジタルの記述物を複製した段階でおそらく私的利用の範囲内という解釈は成立しない筈だ。

コピー完了と同時に原本を削除するとか、そういう時系列の問題は全く関係ない筈だ。そのmp3のコピーを受け取った彼女が結局一度も聴かずにそのmp3を削除したとしても(何度も言うが人生というのは往々にしてそういうものだ)、違法であることには全く変わりがない。

この男がソニーミュージックエンターテインメントにバカ正直に「mp3を二つ買って一つは彼女にプレゼントしちゃいました」と電話したら、SMEはやさしく「良かったですね」と言ってくれるだろうか?
いきなり内容証明付き郵便を送りつけてきたりしないだろうか?


ところでこの二つの行為はどこに違いがあるのだろうか?
この二つのシチュエーションの違いはCD板というメディアがあるかないかだけだ。

あえて「盤」と書かずに「CD板」と書いた。
これも繰り返しになるが、物質的にはその違いの対象になっているものは原価30円ほどのポリカーボネートの板とやはり原価40円程度のアクリルのジュエルケースだけだ。
しかも消費者はそのポリカの板が欲しくてCDを買っているわけではない。
(板が欲しいんなら今じゃ秋葉原で原価に近い値段で馬に喰わすほど手に入る)
勿論そこには
「そんな板ッ切れが重要なんじゃない、それをプレスするコスト、ジャケットアートの印刷コスト、運ぶだけでなく在庫を滞留させておく流通コストが重要なのだ」
という反論が当然あるだろう。
でも、だからそんなリスクを少しでも小さくできるネットじゃないかと思うわけだ。


リンク先ではソニーは一曲アップロードするのに8万円かかると言っている。
絶対ウソ
それじゃ能率悪すぎ
しかし、よしんばそれが本当だとしてもCDラベルを新たに印刷し直して再プレス、再発売すると一体いくらかかるのか。
その数百分の一のコストでできるんだから、ビジネスモデルは見えたようなものじゃないだろうか。
ましてこのヒートウェイヴさんなんて
「アップロードのコストを全部そちらでみるなら全曲アップしてやる」
なんて持ちかける手もあった。

その為に裁判も辞さないくらい根性が座っているんだから、そんなコストでも呑んだかもしれないと思う。
それで利益は従来通りの比率でレーベルとアーティストが折半するということにしたら、ソニーにとってものすごくおいしい商売ができたんじゃないだろうか。

なんせリスクゼロだ。
例えば100曲上げて800万円なんて上代上げても、それを売り上げで回収できなくて困るのはヒートウェイヴの方でソニーではない。
ヒートウェイヴが借金抱えて青息吐息になろうが知ったこっちゃない。
でも曲が売れたらちゃんと利益だけは入ってくる。

なぜそうしなかったんだろう?
原盤使用権を守りたい一心で最初から敵対的な裁判という手段に打って出る心理が分からない。
やはりここには触れてはならない何かがあるのだろう。

板とか原盤とかそういうものにはなにか、やはり神聖な意味があって、合理的な理屈とか法解釈とかそういうもので割り切ろうとすると矛盾が必ず出てくるようなところに、収めたがっている人達がこの世には存在するらしい。
ヒートウェイヴさんはその音楽産業の「神聖な領域」に触れてしまったのだろう。
だからあのような不合理な反応を受け、地裁の判決すら民事の原則を全く忘れたような不合理な判決になっている。


いつものようにしめは、
「どうでもよいのである」
「音楽産業はさっさと死滅するべき」
「コピーガードだろうがコピーワンスだろうが何でも好き放題勝手にやってほしいが、iPod課金、最終的にはパソコンやケータイまでターゲットにした補償金の導入だけは絶対に許さない」
「音楽産業が死滅した後の老人達の恩給を払うためにパソコンやケータイにそのコストが載せられるのだけは絶対に承服できない」
という締めを書こうと思ったが、40度近い熱で、本当にどうでも良くなってきた。
確かこれくらいの熱で、脳細胞の死滅が始まるんじゃなかったっけ?
脳細胞の数はいくつ?
140億個?
意外と少ないね。
この調子で毎時数百とか数千とか死滅したら、結構なダメージにならないのかな?
そしたらmuta's mac scribblingもライトな内容に変わっているかもね・・・$*+@?§〓†∀∂♂。




2008年3月10日













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