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『アップル』は当時を知る人達にちゃんと取材して
まとめられた久しぶりに読んだ良書だった

賢者は歴史から学ぶ?



『アップル』は当時を知る人達にちゃんと取材してまとめられた久しぶりに読んだ良書だった

ちょっと古い本なのだが、
アップル〈上〉—世界を変えた天才たちの20年 (単行本)」、
アップル〈下〉—世界を変えた天才たちの20年 (単行本)
という上下巻を読んだ。

実は自転車がパンクして修理に待ち時間が有るので、時間つぶしに入った図書館でたまたま前から気になっていたこの本を見つけて、読みふけっているうちに自転車屋のオヤジとの約束の時間を大幅に過ぎてしまい、新品タイヤ交換されてしまうという安くついたのか高くついたのかよくわからないいきさつなのだが、サッと読んで大変面白い本だと思った。

ここではあまり本の感想などは書かないのだが(というより最近は読み物というとネットばかりで本を読まなくなってきているということもある)、これは書いてみたくなった。
というのはこれは単なる技術解説や、Apple万歳の礼賛本でもなければ、単純なサクセスストーリーというようなものでもなかったからだ。

アップルについて書くと「シェアが危機的に落ち込んでいるからもう話題にするに足りない」という立場と、「iMac、iTunesStore、iPod、iPhoneと成功の道をひたすら歩んできたエクセレントカンパニー」という讃え方と2種類しか記述がなくて、その中間のもっと客観的な事実をとらえた資料があまりにも少ないのがいつも残念だと思っていた。

この本はApple創業前後のパーソナルコンピュータの名士たち、ジョブズ、スカリー、ガセー、ゲイツ、アメリオといった人々の人物像と彼らがどのように苦闘してなぜ困難を乗り越えられたか(あるいは乗り越えられなかったか)ということを本人のインタビューを元にまとめられている。

まとめられた時期が98年ということで全体のトーンは理想を掲げて創業しながら暗闘を繰り返したアップルボードミーティングの歴史を前半に、後半は事業が拡大しても統一した戦略をもたずに新OSなどの開発を巨大化して混乱を招き、ユーザの声を無視し、結果的にシェアを失い、一度は前半の暗闘で「粛正」したジョブズを呼び戻し「iMac」をWWDCで発表するというところで終わっている。
全体としては
「シリコンバレーにイノベーションの風を起こしたアップルという会社を作った一団と、この会社の滅亡まで」
というトーンでまとめあげられている。
確かに98年の段階でアップルが倒産してしまえば、この本はもっと資料としての価値が高くなったと思う。

しかし実際にはそうならなかった。
その原因をITジャーナリズムやNASDAQウォッチャーの米経済通はみんな「ジョブズの経営者としてのカリスマ性」というところに求めてしまう。
それは間違いではないのだけど、「ジョブズのカリスマ性」だけで98年にはもう倒産がほぼ確定していたような会社が、一気にNASDAQの株価を牽引するエクセレントカンパニーになれる筈がないとかねがね思っていた。

その理由はこの本を読むとなんとなくわかってきた。

特に私には、下巻のCoplandなどの新OSの開発のいきさつの下りが興味深い。
その頓挫の様子を読むと、それを今日の視点で見るならば、アップルのとった道は必然であり、あれ以外の選択肢は無かったともいえる気がする。
たとえジョブズでなくとも、結局こういう方法しかなかっただろうし、それがうまくいったのはジョブズの強運としか言いようがない。

MacOSは登場以来68Kというモトローラのチップに最適化されたコードで直にチップを駆動していたコード群であり、同じモトローラが開発したPPCに移行する時にも、基本的にそのコードを継ぎはぎ式に適応させるだけで、結局OS9の供給が終了するまでPPCに完全にネイティブに移行することができなかった、その意味ではPPC移行は失敗だったともいえる。

初期の頃の天才達の仕事があまりにも見事すぎて、それ以降の拡張部分を作り足していったエンジニア達には根本的改良が不可能だったということらしい。初期の頃の天才の中にはアップルを辞めて「バーチャルPC」を作った人物(この人物が一夜漬けの天才的な仕事で68KのOSコードをPPCに載せてしまったそうだ)とか、同じくアップルを辞めてBe-OSを作ったガゼーとか、面白い人物が沢山いた。
ジョブズもアップルを辞めたあとNeXTという会社を作ってOpenBSDをベースにNeXTSTEPというOSを開発している。
(もっともジョブズはやっぱりプロダクションコンダクターという感じで、自分でコードのディテールにまでは関与しないようだ。そういう雰囲気がこの本にもそこここに出てくる)

MacOSがSystem7あたりまで進んできて、大きな課題がアップルにのしかかってきた。 System7までのMacOSは上記のように初期の頃の天才達が書いたコードを使いまわして、継ぎはぎで建て増しして、PPCに対応させ、ユーザの要求の赴くままに機能をどんどん継ぎ足していき、QuickTimeなどのマルチメディアプレイヤーへの対応を迫られ、プラットフォームとしては限界にきていた。

ひとつコードを書き換えると全体のどこに影響が出るのかを慎重に見極める必要があり、その対象となるシステムのコードは数百万行にも及んだのだという。
全く新しい考え方で新しい土台の建築が必要になっていた。

必要なのはメモリ保護、プリエンプティブなマルチタスク、それを実現するために、余計な機能は捨ててイチからシステムを書き上げることになった。
またこれを実現するために、これまでのシステムのようにそれぞれの機能のコードがそれぞれ勝手にチップを駆動するのではなく、マイクロカーネルを装備しカーネルにチップの運用を全て任せて、機能を実現するコードと、プロセッサーの動きを切り離すこと。
これがCoplandの開発班に与えられたテーマだった。

だが、カーネルを使用しないMacOSとCoplandはアプリケーションの互換性が全く無く、また当初はMacOSとは全く違うユーザインターフェイスをもつ筈だったCoplandの機能にも、途中から多くの注文が付けられ、System7の機能は全て実現するだけでなく、QuickTimeへの対応など次々要求がふくらんでいき、Coplandのプロジェクトは毎年2億ドルもの巨額の開発費用と数百人のプロジェクトメンバーを数年にわたって要する「バベルの塔の建設現場」のような様相になってしまったという。

その結果プロジェクトはますます混乱し96年までにはこのOSは実現が不可能だということが誰の目にも明らかになってしまう。
(開発スタートの当初はうわさが迫りくるWindows95に対して半年以上のアドバンテージがあると計算していたそうだ)
そこで、当時のアメリオCEOは表向きには
「実現に数年かかる新OSのすべてをそれまで秘密にしておくことはない、その機能の一部は次期MacOSに順次実装される」
という当時のMacユーザには驚きの発表をする。
(実際この『機能』がOS8本体の上に追加されたのがOS9であると別の資料で読んだことがある)
これは「新機能が前倒しで利用できる」と一部の無邪気なユーザには歓迎されたかもしれないが、アップルの社内向けには「事実上のCopland開発中止」を示唆する発表だったため、開発チームの士気はあっという間に下がってしまい、社員は遅く出社して早く帰ってしまうという退廃が始まる。

97年、98年にはWindowsとの趨勢は完全に逆転してしまう。
ある歯科医師のMacユーザのエピソードが取り上げられるが、Macに惚れ込んで診療所でも自宅でもMacで仕事をしていたこの歯科医は、98年に利用したいソフトがMacでは開発中止され、それを実現するにはMacを廃棄してWindowsを導入する以外に方法がないことを知る。
これはアップルに「ユーザの話に耳を貸さない独善」、「開発者コミュニティを大切にしない独善」(本書ではNIH症候群、ノットインベンテッドヒア、つまり自社で開発された技術以外は価値を持たないと信じ込む独善性という用語が頻繁に出てくる)が蔓延し、アップルで動いていたアプリケーションがほとんど開発中止、あるいはWindowsなどに乗り換えしてしまうという現象が原因になっている。
この時期にどんどんかつてのMacユーザがWindowsなどの他のプラットフォームに流出してしまう。

ユーザが減るからソフト開発もますます打ち切られるという悪循環が起こり始める。

シェア巻き返しのための互換機ビジネスも全く利益を生まないことがわかりこれを打ち切る、Copland失敗を受けてガセーのBe-OSを買収して新OSのベースにすることを検討する、さらにその交渉に難航すると見るや、Be-OSとの交渉を続行しながらマイクロソフトにNTカーネルのライセンス使用を打診する(NTカーネルはWindowsNTServer、Windows2000から採用されたWindowsのマイクロカーネル、カーネルの採用でもアップルはマイクロソフトに先を越された)などまさにアメリオ時代のアップルは「ダッチロール」のように迷走し始める。

こうした混乱の中、さらに迷走なのか起死回生の秘策なのかアップルは自分達が「粛正」したスティーブ・ジョブズとも交渉を開始して、ジョブズのNeXT社を買収、次期OSのベースをNeXTSTEP(OPENSTEP?)に定める戦略を取る。
(NTカーネルライセンスの交渉継続中にこのNeXTSTEP買収のニュースを聞いてゲーツが激怒したという資料をどこかで読んだが、この話は本当かどうかわからない)

顧問として迎えたジョブズは、しかしアメリオにつくわけでもなくその反対勢力に味方するでもなく
「私には家庭がある、子供達との時間を大切にしたい」
とCEO就任を固辞する。
ここいら知らなかった話だ。

そしていよいよアップルは断末魔の悲鳴を上げ始める。
結局ジョブズはCEO就任を受諾し、全役員の解雇、非能率な社員のリストラを断行する。
ジョブズは冷酷に自分たちを招いた者達の首を切ったことになっているが、実際にはジョブズが大部分の役員の辞職を打ち出した時に、誰も抵抗しなかったという。
ただし社員に対しては過酷だったらしい。
社内は「駐車場も含めて禁煙」「ペットの持ち込み禁止」などを打ち出したとある。
それ以前のアップル社員のモチベーションの低下ぶりもうかがわせるエピソードだが、いつも合理的理由で社員の首を切ったわけでもないようだ。

こうした「粛正」と「リストラ」で収益を盛り返したが、ウォール街のアップルへの評価はいっこうに好転しない。いくらリストラして利益が上がっても「倒産する運命」の会社の株は買えないということだ。
ここでジョブズはひとつの奇策を講ずる。
WWDCで基調講演で背後のスクリーンに「ビル・ゲーツ」の中継映像を出し彼とクロストークをしたことだ。

マイクロソフトはアップルに莫大な資金援助と議決権のない新規発行株の引き受けを約束する。また5年間のMac版MicrosoftOfficeの開発継続も約束する。MSヘのメリットは、当時持ち上がりかけていた「ウインドウが重なるGUIに関する特許侵害の提訴をしない」という「ヤミ協定」だった。

世間をあっと驚かせる奇策だったが、事実これがアップルの命を永らえさせ復活の足がかりになった。それ以前のウォール街のアップルへの評価は非常に厳しかった。
(別の資料で読んだところではジョブズ復帰は「誰が来ようと結果は同じ」と冷ややかに受け取られたそうだ)

新OSについてはNeXTSTEPをそのまま新OSにリニューアルして採用するのは非常にリスキーだとして断念するという問題も起きて、ジョブズ革命は最初から順調だったわけではなかったようだ。
そこで
「従来のMacOSとして馴染んだGUIを装備したOSX(オーエステン)というシステムを発表する」
とジョブズ自身が公表する。
このタイムテーブルに先立って従来の四角い黒い箱形のハードウエアとは全く違う考え方の
「iMac(アイマック)」
というハードウエアをジョブズは発表する。

しかしこのSFっぽいデザインの筐体にはフロッピーディスクドライブが最初から搭載されていない。
ジョブズのNeXTコンピュータはやはりフロッピーを装備しないNeXTcubeで大失敗を犯し、NeXT社が事実上失速してしまったのは、このNeXTcubeの失敗という「NIH症候群」が原因であるにもかかわらず「iMac」でまた同じ間違いを犯そうとしている・・・・


ざっとあらすじを・・・というには長文になってしまったがこんな内容の本だった。
(一部私が知っている範囲での補足あり)
この一文、私個人のための備忘録もかねているので長文は容赦願いたい。

この本は主に後半が私の興味を強く惹いたので、長々とダイジェストしたが、その後どうなったかはもう解説するまでもない。
このイノベーションを目指したガレージ企業は巨大化した代償として崩壊するであろうというこの本のシナリオとは全く別の道を歩いた。

アップルの息の根を止める筈だったiMacはヒット商品になり、Macとアップルの復活を予感させる結果になった。

それでもそのあとの道筋は厳しく、OS9はやはり初期の予想以上のパフォーマンスを出せないまま「クラシック環境のリソース」としてのみ改良される結果になった。
(歴代のシステムのうちもっともアップデートが少ないのはOS9だった、その理由はそういうことだった)
Coplandが取り逃がした夢を全て実現する筈だった「OSX」は最初から期待通りのパフォーマンスを出せたわけではない。
それどころかOS10.0は「パブリックβというレベルにも達していない仕掛品」という厳しい評価を受けていた。


しかし専門家やギークからは酷評されたiPodは、Macやアップルが何者かも知らないような一般のユーザに支持され、iTunesStoreの成功とも相まってアップルとMacのビジネスは別の展開を見せ始める。
その間にintelのチップへの換装というビッグイベントもあった。
PPC完全換装には失敗した旧MacOSと違い、OSXのカーネルはもともとX86で開発されていたという素性から、あっさりネイティブにintel環境に適応してしまった。

その結果何を得たかというと、MacOSXはUNIXやLinuxなどの膨大なソフトウエア資産を引き継げる可能性を獲得し、intel石で仮想化技術の進歩もあってWindowsのソフトウエア資産も引き継げる可能性も獲得してしまった。
またMacOSだけにしか通用しない閉鎖的なソフトウエア開発環境と違い、UNIXとの共通化が進むことでUNIXの開発者が大挙してMacOSXの世界に流れ込んでくるという現象も起こり、旧OS時代には考えられなかったようなソフトウエアの豊潤の時代を迎えることになった。
世界中でMacの出荷は増え、シェアも少しずつ回復し初めている。

90年代にアップルとMacを苦しめた環境は全て逆向きに回転し始めている。
勿論そういう状況でも、手を緩めないでMacBookAirやiPhoneのような製品を矢継ぎ早に出し続ける「ジョブズのカリスマ性」もこの復活劇の重要な要素のひとつではある。

この本を読んでいるとこの流れがあって、今日があるという大きな流れに気がつく。
だから明日はこっちの方向に行くに違いないという長いスパンの話に目を向けさせてくれる。
予言は外れたが、資料として貴重な内容を多く含んでいることは間違いない。


これに関して、関連するようなエントリを偶然見つけた。
maclalalaさんの旧サイトの古い記事だが、
マーケットシェア神話の崩壊 ? maclalala
というエントリだ。
90年代に常にMacとWindowsのシェアの問題が取りざたされた。
その理由は簡単で、MS-DOSで苦戦していたマイクロソフトが
「Windowsのシェアは70%を超えました・・・80%を超えました・・・今や95%です」
というようなキャンペーンをやったからだ。
実際企業のオフィスからはMacは一掃され、企業ユーザはWindows一辺倒になってしまった。
その理由は上記の本に書かれている通りだ。

実感としてビジネスユーザでMacを使っている人はもういないかもしれないという時代がくると、このマイクロソフトのキャンペーンは本当らしく聞こえた。

そして
「アップルはシェアを失ったからもうビジネスとしては失敗した。
Windowsは95%のシェアを獲得したからウインテルの陣営は全てに勝利した」
という単純な(そして思考停止した)公式が定着してしまった。
その間もスティーブ・ジョブズは
「メルセデスやBMWのシェアは5%程度だが、メルセデスやBMWには何ら問題はないと私は思うのだが?」
と反論していた。
どちらが正しかっただろうか?
98年の倒産確定のアップルだけを見ていると、上記の「ウインテルは勝利した」という公式は正しいだろう。

しかし今日のIBMはパソコン事業をレノボに売却してしまい、Dellは業績不振でCEOを解雇、CompaqやGatewayは会社ごと買収されてしまった。
国内に目を向けるとNECとともに日本のパソコンのパイオニアだった日立はなんとパソコン事業の事実上の廃業というところまで追い込まれている。
勝利したのはどっちだったのだろうか?


このようなシェア談義になると、シェアは正確にはどれくらいなのか知りたくなる。
ところが、この「アップル」という本に触発されてMac、Windows、その他Linuxなどのシェアの年次変化を正確に追った資料を随分探したのだが、結局見つけることができなかった。
特に90年代のMacとWindowsのシェアの変化を知りたかったのだが、
「大体この程度」
というような非常にアバウトな憶測ばかりでちゃんとした調査結果が出てこない。
そういう統計は最近までされなかったのかもしれない。
となると例の「Windowsのシェアは95%」というのもかなり怪しいもんだ。
実感としてMacユーザが4%以下という気はしない。
最悪だった2001年初でもそんなに少なくない気がする。
するとWindowsが95%というのが正しいとすると、この世の中にはLinuxやBe、UNIXなどのOSを使っている人は統計上存在しないことになる。
そんなことがあり得るだろうか?

多分Windowsの実際のシェアはピークでも8割強だと思う。
今は下降線だ。
OSの多様化は始まっていると思う。
そのうちの選択肢のひとつがMacOSXだ。

こういう資料を見つけた。
こういうパソコン全体の普及率はかなり前から精密にトレースしているということだ。
図録▽パソコンとインターネットの普及率の推移
ある時期、パソコンは急激に普及している。この時期が「アップルの衰退」の時期とかぶる。
全体が伸びている時に成長できなかったのだから、当然この時期に大きくシェアは失ったと思われる。
90年代初頭には20〜30%くらいのシェアはあったのではないだろうか?
これも私の感覚なのだが。

90年代の後半に成長できなかったアップルは10%を切るところまでシェアを失ったというのは納得できる。
ところで2000年代に入って、パソコン全体としては一種の高原期に入ってきたと思う。
この時代にはもう全員が成長するということは不可能だ。
この時代に入って、アップルは逆に成長期に入った。
それ以外のベンダーが全て苦戦しているのは上記の記事の通りだ。

結局正確なシェアの推移はわからなかったが、こんなところが全体の雰囲気ではないかという気がする。
その中で日本だけが、世界の先進国で唯一Macの出荷台数が伸びていない国だ。
中国の話ではない、日本だ。
その理由もなんとなく私にはわかるのだが。

日本のシステム管理者はシステムの多様化を許容するほどの高いスキルを持っていない。
むしろ後退している。
だから社内のネットワークをWANと遮断したり、ノートパソコンの持ち出し、持ち込みを禁止するなんている低劣な「セキュリティシステム」が大企業のスタンダードになったりするのだ。
そういう意識のネットワーク管理者が、MacやLinuxなどを許容する筈がない。
この傾向は日本ではますます強まるだろう。
ユーザにも問題はある。
ちょっと脱線したが。

それはともかく、こうした闘争の歴史があって多くの死屍累々の失敗の歴史があってパーソナルコンピュータの世界は今日の姿になっているのだ。
今の姿しか知らないと、この世界が未来永劫に続くような気がしてしまうのもわからないではないが、こういう移ろいやすい世界は、すぐに別の流れに当たると回転の向きを変えてしまうだろう。
この本を読んで得られる最大の教訓はそういうことかもしれない。




2008年9月3日
















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