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ソフトバンク孫正義は本物か?
/Is he actually regenerator?

経営者の真贋を見抜くのは言うほど簡単ではないという話


すごく大昔のように記憶していることが実は数年前のことだったということがよくある。
それは世の中が急速に変化しているということにあとから気づくという感覚なのかもしれない。

例えばブロードバンドの普及はほんの数年前の話だった。
5年前の2001年の春にITの取材をした時に、ADSLの契約件数を調べたことがあった。
当時は日本全国の契約世帯数はのべでも1万件を越えていたかどうかというくらいだった。
当時のADSLの料金は回線料が5〜6千円、それにプロバイダ料も含めると月額1万円を軽く超えるという時代だったので、ダイアルアップは割高なのは分かっていても皆ダイヤルアップを接続時間を気にしながら使っていた。

当時日本のインターネット接続料は世界一高いといわれ、ブロードバンドが普及し始めていたお隣韓国に明らかに水をあけられていた。

ところがこの年の春にソフトバンク=YahooBBが、工事費無料月額3000円ぽっきりでADSLサービスを開始すると発表。
このニュースを聞いた当日、私は第一報の6時間後にADSLを申し込んだが、なんとすでに30万人が申し込みをすませており結局開通まで5ヶ月近く待たされた。
この時にITの世界というのは一瞬で状況は変わるのだということを思い知らされた。

2年かかって1万人しかユーザが増えなかったサービスに6時間で30万人が殺到したということだ。

そのあとは周知の通り通信各社もこぞって低料金で参入し、ADSLの可能性を認識しながらも事業投資をしてしまったISDNを売りつくさなくてはいけないのでこれをユーザを騙して売ろうとしていたNTTさえも、口を拭ってフレッツは元々ADSLも最適化していたサービスだと言わんばかりに安売りを始めた。

ダイアルアップに見切りをつけてISDNを導入していたユーザも競ってADSLに切り替えた。ISDN導入のためにデジタル回線に切り替えていた回線をわざわざアナログ回線に戻してISDNを解約してADSLを申し込む人が続出した。
スループットから見ても料金から見ても、そこまで手間と工事費を無駄にしてもADSLに切り替えるメリットがあったからだ。

今では日本のブロードバンドはADSLは標準で、FTTH(光ケーブル接続)の時代に入り始めようとしている。
しかしPPPで電話接続して、月末の電話料金の請求をこわごわ見ていたのはほんの5年前の話なのだ。


ところでここで触れたいのは技術革新というものは知らない間に急激に起こるのだなということではなく、この日本の通信事業の閉塞状況を一気に突き破った孫正義という人物の真贋の話だ。

日本の通信事業は確かに閉塞状況だった。
当時海外取材して、アメリカのケーブルテレビはそろそろ光ケーブル接続サービスを始めていたし、フィンランドやスウェーデンのようなヨーロッパの国々もADSLなどの接続が一般的になっていたのに、日本は相変わらずどこもPPPのあの
「ぴーーーーーひょろひょろひょろひょひょろ」
という音を聞きながらインターネットをしていた。
なぜこれが変われないかというと、旧電電公社のNTTの既得権とか色々複雑に絡み合った問題があって、当時の状況を取材した私は「やっぱりこのままじゃ日本はIT低開発国になっていくのだな」と、ちょっと悲観的な気分になっていた。

そこに例のYahooBBの3000円ぽっきりのニュースが流れた。
これはこの世界の人たちの間では「Yahooショック」という用語で呼ばれている。
この時ばかりは孫正義のシーマンのような顔が少し神々しく見えた。

日本の固定線インターネットは孫正義が改革した。
このことは孫が嫌いな人でもあまり反論できないだろう。
森総理が「これからはIC革命だ」(?)なんて言ってインターネット万博をでっち上げ、「IT立国」を謳った竹中平蔵総務大臣も「住基ネットでニホンは飛躍する」(??)なんて言っていたが、日本のブロードバンド事情を改革したのは断じて森首相でも竹中大臣でもない。

改革は韓国製モデムをタダで配りまくった孫正義の安売り攻勢から始まったということはもう歴史的事実だと思う。

その孫正義が今度はモバイルの世界に参入して、旧ボーダフォンを買収してソフトバンクモバイルとしワイヤレス通信の世界を変革すると言う。
ケータイの世界は、もっと事情が複雑ではあるのだが5年前の固定線インターネットの世界と似ていなくもない。

日本はiモードのヒットで世界でもっとも早くモバイルデータ通信を商業化した国だ。
だからケータイに関する基本特許はアメリカのクアルコムに抑えられてしまったが、ハンドオーバーなどの実用化技術やコンテンツの開発技術では世界の最先端を行っていたはずだった。

少なくとも2000年まではそうだった。

ところが競争が起きない日本市場の特質がここでも表れてしまい、2000年には世界の最先端だったはずの日本のモバイルは,端末シェアでも世界のベスト3に入れず、それどころかケータイの普及率では世界のベスト30に留まるのも難しくなってきた。

しかも日本のモバイルの通信料は世界で一番単価が高いのだ。

ついこの前まで世界一だと思っていたのが,いつの間にかサッカーのワールドカップよりも成績が悪くなっており、それどころかこのままでは本当に二流国に転落しそうな状況になっている。
これが今の日本のケータイ市場の姿なのだ。

そこに孫正義が参入するという。
5年前のような「ショック」を期待しても不思議じゃない。


そこで孫正義という人物の来歴を見てみる。
かのNASDAQジャパンを大証と組んで仕掛け(そして途中で投げ出した)、死臭を放っていた日本の金融を再生するために金融再生委員会の肝いりで日債銀を買収し(そして投げ出して売り抜け日債銀はあおぞら銀行になった)、テレビ朝日を他人のふんどしで買収しようとして(そして途中で投げ出した)、日本テレコムを買収してビジネスユーザのマーケットを取りに行った(そして日本テレコムの法人ユーザは大量流出した)。

う〜ん、この来歴を見るとどうなんだろう。この人物が腰を据えてイノベーションに成功したのはYahooBB!だけのような気がする。

しかし、そんなに物事は単純ではない。ソフトバンクはケータイビジネスに参入すべくモバイル事業者の免許を取得していたにもかかわらず1兆7500億円もの出費をしてなんと業界3位のボーダフォン(ジャパン、旧J-Phone)を買収した。

これがちょっと私には意外だった。ケータイ事業に参入するために兆の位に近い現金を内部留保していたソフトバンクは、既存のネットワークインフラを活用して第3世代ケータイに素早く設備投資してNTTドコモにキャッチアップする道を選んだ。
これはどういうことだろう?

孫正義をウォッチングしている「企業家倶楽部」の徳永卓三さんに取材した時に、徳永さんはこの事実をとらえて
「孫正義は素晴らしいビジョンを持った経営者だ。この買収でNTTドコモにガッツリ勝負を仕掛けようとしている」
と語った。
これは私もそうかも知れないと思った。
だって「ケータイ事業者免許」を取って適当なところで、ケータイ事業をあおぞら銀行のように売り抜けるつもりなら、この買収は余計なことだという気がした。

すぐ後ろには千本倖生が率いるe-Accessが追っかけてケータイ事業に参入しようと控えている。
この新規参入組同士で新規のお客を取り合っているよりも、既存の客とインフラを持った状態でスタートして勝負を仕掛ける相手はKDDIとNTTドコモというように照準を絞ってしまいたかったのではないか?
それが孫正義の真意という気がした。


ということはやっぱりケータイの世界にYahooショックは再び起こるのだろうか?

ところがこの企業買収に全く違う評価をしている人がいた。
日本のM&A(企業買収)コンサルタントの先駆けで、かつての森山事務所主宰、現レコフの 森山弘和さんは全く違う見方をしていた。
「ある程度この業界をかき回して、それで高く売り抜ける気ですよ」
と森山さんはあっさり言い切った。

つまり孫正義はやっぱり村上ファンドやライブドアと同じ体質の投資ファンドでありイノベーターというようなものではないのだという。

これはどっちが核心を突いているのだろうか?
ケータイという技術市場に注目するなら「Yahooショック再びはあり得る」ということになるが、これは純粋に経済事案なのだという見方をするなら「安く買って高く売り抜けようとしているだけ」ということになる。

この話はなかなか迷わされるところだ。
孫正義という人物は多くのファンと多くの敵がいて、それぞれが自分の主観で色々なことを言うから判断がしづらい。
私自身は一度だけ孫正義にインタビューをしたことがある。
といっても決算発表後のブラ下がりだったのだが、
「ソフトバンクはADSL加入者の増加とともに損益分岐点を越えて黒字に転換する」
という自身に満ちあふれた発表の直後だったので、私は率直に疑問をぶつけた。
「ADSLはもう実需のあるところには行き渡ったのではないか? ソフトバンクはこれまでと同じ傾斜の右肩上がりのカーブでADSL加入者が増えるという前提で経営計画を立てているが、これは間違いではないか?」
この時に孫正義はにこっと笑いながら
「そんなことはありません。ADSL加入者数はまだまだ間違いなく伸びます」
と同じ答えを繰り返した。
顔は笑っていたが目は怒っていた。

「この人物は笑いながら怒ることができるんだ」
ということをその時に私は認識した。
これと同じような経験をしたのは日銀の福井総裁とか、カネボウの帆足隆前社長とか・・・


結局これだけの材料では判断ができないので、私自身はこの人物をどう評価したらいいのかよくわからないでいた。
私にとっての答えは意外なところにあった。


以下は司都市開発の川又三智彦(かわまたさちひこ)社長に取材していた時に聞いた話だ。
その話に行く前にこの川又社長という人物の説明をしないとこの話の意味合いがわからない。
司都市開発の川又社長はあのウィークリィマンションの
『ヨンヨンまるまるワンワンワン、ツカサのウィークリィマンション』
というテレビCMですっかりお馴染みになったあのメガネの社長だ。
あのボディコンのオネーチャンに囲まれているCMを見ているといかにも軽薄な中身の無さそうな人物に見えるのだが、実際の川又社長は大変な博覧強記の人で、しかも大変な論客だということを私もお会いして初めて知った。

あのCMも実は緻密な計算で作られているのだ。
例えば川又社長はテレビにでる時のイメージでメガネをかけているが、あれは伊達メガネで普段の川又社長はメガネなんか必要がない。
ああいうお坊ちゃん風のイメージをわざと作り上げているのだ。
あのオネーチャンと犬や猫に囲まれた軽薄なCMも
「少ない資金でテレビで社名を覚えてもらおうと思ったら、好きとか嫌いとかではなくああいう形で目立たないといけないんですよ」
とおっしゃっておられた。

この方は最初からこういう重厚な人物だったわけではない。

家業の不動産業を継いだが、父親の地道な地場の不動産屋に飽き足らずウィークリィマンションという新しい業態を発明して大躍進した。
これは賃貸住宅は礼金、敷金をとって月割りで家賃を取って入居者を入れるという固定観念を棄てて、入居者を週単位でホテル住まいのように容れる、宿泊施設と不動産の中間的な新業態だった。 ホテルよりも安く、マンションよりも手軽というユニークさが受けてこの新事業は大ヒットした。

時はまさしくバブルの時代だった。
この事業は成功してすぐにどんどん物件を増やしていき、銀行も司都市開発にどんどん資金を貸し込んで、川又社長の資産はあっという間に3000億円にも達したという。
一介の街の不動産屋さんから出発した若い経営者が、1000億単位の含み資産を手にしたわけだ。

ところがバブルが崩壊してお決まりの転落のストーリーが始まる。
司都市開発の資産はあっという間に10分の1以下に評価額が下がってしまい、銀行から貸し込まれた資金もあっという間に債務超過になってしまい、気がつくと資産3000億の大富豪から借金1500億の大貧民に転落していたという。
しかもその間2年かそこらの話だ。

川又社長はここで一念発起して事業を再編して、借金の返済のために自ら編み出した「ウィークリィマンション」という業態も売却してウィークリィオフィスに経営を集中して、現在も借金の清算の途上であるという。
その川又社長はバブル崩壊以降、
「なんで自分がこんな目に遭わなくてはいけないのか?」
と自問し続け、それ以来あらゆる新聞、雑誌、経済書を読破し続けた。
この川又社長のスクラップブックや著述集を見せられたが、中途半端なジャーナリストも到底足下に及ばないような膨大な量の資料を集め、膨大なスクラップを作っておられる。

川又社長の博覧強記ぶりに驚いたという趣旨のことを私が言ったら、
「違うんですよ、僕はバカで物覚えが悪いんですよ。だからこうやって何でもスクラップして何でもメモしないと覚えられないんです。」
と謙遜ではなく真顔でおっしゃっていた。
しかしその量がやはり半端ではないと感心すると、
「そりゃそうですよ、僕にとっては命がかかってますからね。ジャーナリストよりもずっと真剣ですよ。」

その川又社長が必死でありとあらゆる資料を読みあさった結論が
「バブルの発生と崩壊は全てそれが起きる前から予言されていた。またその予兆は至る所にあった。」
「しかし『自分』にはそれを読み取る知識も見識もなかったからこういうことに巻き込まれた。」
「しかしバブルを生み出したのも、それをつぶしてこんな長期の不況を招きそのツケをまた国民に押し付けようとしているのは全て『役人』である」
「この国はまさに『役人』がつぶそうとしている」
ということになる。

この川又社長の「役人亡国論」はそんじょそこらのいい加減な悲観論者と違ってなかなか迫力があるのだが、ここではそれがテーマではないので割愛する。
また川又社長のこの膨大なメモやスクラップを作って必要な時に引き出す、超「情報整理術」もかなり面白いのだが、それもテーマではないのでいつか別のところに書く。


で、川又社長から聞いた話というのは
「私は孫正義という人物を知っている」
という話だ。

たまたま取材中に雑談が、「ソフトバンクモバイルが開業と同時に契約受付サーバがダウンしてしまった」という話に向いた。
これも孫正義は「申し込みが殺到して皆さんにご迷惑をかけました」なんて釈明会見をやっていたが、ふたを開けたら「スタートと同時に2万件の解約が殺到したためにサーバが落ちていた」という事実が判明。
サーバの補強をしてこういう事態に備える発想がなかったソフトバンクの、相変わらずの情報産業とは思えない世間をなめきった体制も問題だが、「申し込みが殺到して」なんて事実と違うことを会見で平気で言える孫正義という人物もどうなんだろうという話になった。

その時に川又社長はがこういう話をしてくれた。
その話し振りが面白かったので、聞いたままにできるだけ記憶に従って書いてみる。

「88年頃、まだバブルになる前の頃経団連の経営者の勉強会のメンバーに選ばれずっと参加していた。
当時は自分(川又社長)はまだ若手で何も考えてない頃で、しかも生意気盛りの経営者だった。
あるとき座長に指名されてこれからの経営のビジョンについて話せと言われたので壇上に進み出て

『これからはマネーリッチな企業が勝つ時代だ。私は借りられるだけお金を借りてそれで土地を上手く転がしてそれで儲けるんだ』

という話をした。

その席にもう一人参加していた若手経営者がソフトバンクの孫正義だった。
私の次に指名された孫正義も私と同じような話をした。ただし私は土地を転がして儲けるという話をしたが、孫正義はそれと同じことを株でやるという話だった。

せっかくの高邁な経営者の勉強会だったのに、若手の生意気な経営者二人の同じような地に足がつかないような話が続いたのでさすがにこの座長の方に
『私が聞きたいのはそんな話じゃない! 何を考えているんだ君たちは』
と怒られてしまった。

その後私(川又社長)はバブルの洗礼を受けて辛酸をなめたわけだが、孫正義という人物はその直後命に係わる大病を患ったために、バブルの洗礼を全く受けずに通り過ぎてしまった。

だから私は考え方がすっかり変わってしまったが、孫正義という人物はあの当時から全く考え方が変わっていないはずですよ。
基本的には株を転がして上手く儲けるということを今でも考えているはずです。」


以上はほとんど全て伝聞情報だ。
私が自分で体験したのは例の孫正義のぶら下がりインタビューだけだ。
それ以外は全て他の人の考えであり、他の人から聞いた伝聞情報だからこの情報の確度については全く保証することができない。
しかしなんとなく私自身は納得するような情報だし、私なりには結論を導きだしているのだが他の人にそれを主張するほどの強い根拠を私は持ち合わせていない。

それよりも人の真贋を見抜くというのは本当に難しいことだなぁということを改めて感じている。




<文中敬称略してたり略してなかったり>
なんとなくなく文脈と気分で使い分けているような、
だからあまり厳密な使い分けで無いような・・・




2006年12月20日













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青木さやか