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空売りは何のためにあるんだろう?

What Does Short long for?


空売りは何のためにあるんだろう?

Twitterでkanji_kさんが
「捕鯨についてブログにエントリを上げると変なコメントをつけてくる人が湧いてくる」
とぼやいておられて、それについて感想を書こうと思って過去記事を見ていたら、コッチの記事の方が私的には興味深かったので何か書く。
空売りってなんじゃらホイ - 感じ通信

「空売りって何?」
ってキチンと答えられる人は、最近では増えて来ているのかもしれないが
「空売りは何のためにあるのか」
という話になると意外に答えられないんじゃないだろうか。

これがリーマンショックと前後して「金融工学」という言葉が知られて来て、そのイメージはどちらかと言うと「悪の錬金術」のようなイメージで語られることが多く
「額に汗しないで、紙の上で金を左右に動かすだけで金を生むようなことをしてきたから危機になったのだ」
という理解の人が多いのが気になる。
かんべえさんによると金融工学=悪という風潮は世界中に蔓延しているそうなのだが。


その金融工学の初歩の初歩が空売りのような方法かも。

「空売りって何」をおさらいすると、株でも債券でも為替でも穀物でも何でもいいんだがその対象を「買い」から入るのではなく「売り」から入るのを「空売り」という。
言葉のニュアンスがスゴくトリッキーな感じがするが、実際は数あるオプションなどに比べるととてもシンプルな考え方だと思う。

モノを買うというのは最初に代金を現金で払ってその場で引き換えに現物を受け取る。
これは株でも債券でも同じだ。

スーパーで肉や米を買ったり酒屋でビールを買うのと同じ行為。
ところが問題なのは株にしろ債券にしろ穀物にしろ、それを買ってから消費(決済)するまでに時間がかかる。
スーパーや酒屋の買い物は、買ってからその日のうちかせいぜい1週間で全部飲み食いしてしまうので、時間軸ということを考えなくてもかまわない。
しかし取引所で穀物を買う人というのは、食品メーカーの購買担当でこういう人達はモノの値段の高い安いだけでなく「時間軸」ということも考えないといけない。

例えば食品メーカーの購買担当がとうもろこしを買う。
今必要な分を今買うのではなく大抵は来年の購買額を決定しないといけない。
今1枚(先物コモディティではこういう単位を使う)1000円だったとする。
来年に必要なものを来年決済で1枚1000円で予約する。
ところがこういうものは時価だから、来年の決済時期になると、一枚1200円に値上がりしているかもしれない。
一枚200円の損失だ。
メーカーの場合1万枚とかの単位で買わないといけないから、こうして200万円の損失なんて簡単に出てしまう。

そこで先物を買う。
先物は今の価格で来年渡しの商品を買うという仕組み。
今先に一枚1000円の代金を入れて現物は来年受け取る。
すると1200円に値上がりしていても、1000円で仕入れできるわけだから損失は出ない。
メデタシ・・・といかないのがこの世界の面白いところ。
これはこれで損が出る場合がある。
まず値上がりした場合はいいが値下がりした場合は、逆に損失が出る。
来年になると1枚800円に値下がりしたとする。
現物で買えば800円で買えるのに去年1000円で約定しているから一枚あたり200円の損失だ。

それで実際は1000円で約定して1200円の時価のものを、1000円で仕入れたらそれをそのまま消費するのではなく、1200円で買い手があるのだからそこから利益を得る必要がある。
なぜそうしないといけないかというと、相場というのは常に上下動くものであり安定していないものだから、製品価格を安定させるためには、その仕入れ相場から最大限の利益を追求しないといけないのだ。
「安く仕入れたからラッキー」で終わっていると次回の底値の時に大損失を出しかねない。
そこでいろいろな取引手法を使って本来の狙っていた中心価格にできるだけ揃えようとする。

一番シンプルなのは現物と先物を50%ずつで組み合わせる方法。
1000円現物を5000枚、1000円先物を5000枚という買い方をする。
すると1200円に値上がりした時に現物は200円の損失を出すが先物は200円の利益を出すので差し引きゼロ。
つまり相場がどうなっても損は出ないという保険になる。

よく先物やオプションの話をすると、「博打」に喩えて理解する人がいるのだがこういうものは本来博打ではなく保険として開発されたものなのだ。
相場は予想しがたいものだから、どっちに転んでも損失が出ないようにというのが本来の目的。

これは別に特殊な手法でも何でもなく、小麦や大豆を仕入れる食品メーカー、インスタントラーメンやパスタ、豆腐、醤油、魚の缶詰やそういう我々が日常利用しているものを作っているメーカーが皆国際市場でやっていることだ。


ここまではシンプルなのだが、ここには買い手の都合しか入っていない。
相場には売り手があって買い手があってそれで初めて売買が成立する。
東証で個人が株を買うのであれば単位は知れているから、売り手の都合なんて別に考える必要はない。
しかし国際穀物市場で、その主要プレーヤーの一つである日本の食品メーカーが小麦の買い付けをするとなると、売り手の都合なんてどうでもいいともいってられなくなる。

世界最大の穀物市場はシカゴに立つ。
シカゴ商品取引所、CBOT(シーボット)といっているが、ここでは世界の主要先物市場の場が立つ。
ここを補助するようにニューヨーク、大阪などが石油や証券などの先物市場を立てている。
なぜシカゴかというと、ここがアメリカの穀物の大生産地の中西部の農場の取引場としてスタートしたからだ。

アメリカの農場は日本とは桁違いに大きい。
一軒数十〜数百ヘクタールという大農場が何軒も集まっている。
この広大な農地に小麦を植えるべきか、トウモロシを植えるべきか大豆を植えるべきかということはこうした大農家にとっては死活問題だ。
来年の天候は予測しがたい。
そこでシカゴに毎年集まって、畑の作物を先に買ってもらうことにしたら農家が不作の損失をかぶらなくてもいい。
先に決済してしまうので豊作の時のボーナスも取り分は減るが、安定はしている。
それに何が高く売れるかが市場で明らかになるので、何を植えるべきか悩む必要もない。
高く売れるものを植えればいい。

これが先物の発祥であり投機取引を意味する「スペキュレーション」の本来の意味なのだと、元東京銀行の本田敬吉さんに教えていただいた。


先物はこのようにして始まった。
買い手は現物と先物を組み合わせることで、価格の安定を図れる。
しかし売り手は少しでも高く売りたいと思っている。
いつも先物と現物を50%ずつ売りに出してくれるとは限らない。
来年は豊作だと予想しているなら、売り手は先物価格が下がるというポジションを持つ筈だから、現物売買を減らして先物売買の比率を増やすということをする筈だ。
その場合も先物供給が増えれば、結局先物市場も価格は下がるのだが、お互いに先物主導のポジションを持たざるを得なくなり、買い手は不利益な取引を強いられることになる。


売り手が市場価格が下がることを予想してポジションを持つなら、買い手も市場価格が下がった場合に最大限の利益を得られる方法を準備しておかなくてはいけない。

この時の手段として現物の買い、先物の買いだけの組み合わせでは不十分だ。
ならば売りから入るというポジションも用意しておけばさらに立体的な組み合わせで利益が追求できる。
売りから入るというのは先に現値で売っておいて、来年に現物を買い戻して現物で返済するという手法だ。
具体的には(実際には紙の上のことだが)小麦一万枚の現物を誰かから借りる。
来年現物で返すという約束にしておいて、その借りた小麦を先に売ってしまう。

一枚1000円で売れた小麦は来年になると一枚800円に値下がりする。
約定の日に800円で小麦を買い戻して、貸してくれた人に返したらいいので、これで一枚あたり200円の利益が出ることになる。
これを空売りという。

この方法を利用すれば来年の価格下落を織り込むことができる。
例えば先物買いと空売りを組み合わせれば市場がどっちに転んでも損しないし、先に現物を売り期日に現物を買い直して返済するのだから、先物主導の市場で売買が成立しにくいということも少ない。
こういう手法をリスクヘッジといい、意味はまさにリスクを避けるための取引だという。

この空売りにはもうひとつメリットがある。
目的は小麦を安定した価格で仕入れることなので、小麦の空売りはそのリスクを減らすためにやるだけで本来は小麦を売りたいわけではない。
それならば空売りにレバレッジをかければいい。
レバレッジというのは利益、損失をその倍数に増幅する掛け金操作だと思えばいい。
一枚1000円で100倍のレバレッジをかければ、空売りは1万枚やらなくても100枚だけでいい。
それで10000枚の先物買いで出た損失と同じだけの利益を稼げるので、相場に影響されない仕入れが可能になる。


このように金融工学というのは元々は予想不可能なリスクをヘッジするために考え出されたものだ。
実はリーマンショック以来人口に膾炙した「デフォルトスワップ」だって保険として考案された。

デフォルトスワップは企業のデフォルト(債務不履行、要するに借金が返せなくなること)による被害を防ぐために大勢で掛け金をかけるという手法だ。

具体的にはGMのような自動車メーカーが債務不履行に陥る方と陥らない方に皆で金を賭ける。
するとGMのような巨大企業は滅多に潰れないから、皆デフォルトが起きない方にかける。
一方的な賭けになってデフォルトが起きない方に張った人は、配当金は殆ど金利程度しかないが確実なプラスにはなる。

逆にデフォルトが起きる方に張った人にもメリットがある。
GMと巨額の取引をしている部品メーカーなどが、もしGMの経営がおかしくなって売掛金が回収できないと連鎖倒産ということもあり得る。
しかしこのデフォルトスワップ市場で「デフォルトが起きる」方に張っていれば、わずかな掛け金で巨額の配当金を得られる。
なんせ大部分の人は「デフォルトは起きない」方に張っているからだ。

この部品メーカーは、GMと取引することでGMはデフォルトを起こさないという大きなポジションをもってしまうわけだから、この「GMはデフォルトする」というデフォルトスワップを買ってポジションを解消しておけば万が一のことがあっても売掛金の損失の何割かはこの市場で回収できるかもしれない。
大勢が「デフォルトは起きない」方に張ってくれれば、この部品メーカーが必要な掛け金は非常に小さな額ですむ。
つまり損害保険のようなものだ。
これも最初は保険としてスタートした。

このように現物の売買だけでなく、先物の売り買い、空売り、スワップやオプションなどのデリバティブ等の多彩な方法で、どういうシチュエーションでもリスクを避けることができるようになってきた。
これが金融工学の手法の恩恵。


以前、日本を代表する企業買収のデューデリジェンス(買収企業の値踏み)を担当した岩崎日出俊さんのことはここでも何度か書いた。
この方とお話していた時に、日本の個人投資家は中途半端に小賢しいという話が出た。
「短期売買で利益を上げようと思ったら、プロは現物売買や先物だけでなく空売り、オプションあらゆる方法を使ってきますよ。でもシロウトさんはせいぜい現物の売りと買いと、先物の買いぐらいしか手段がないでしょ。これじゃ勝てるわけがありませんよ」
と言っておられたのを思い出した。

つまりこの元々はリスクヘッジのために考え出された手段は、ヘッジのためだけではなく積極的に利益を追求する目的で使うこともできる。
一頃話題になったヘッジファンドなんてまさにそれで、名前はヘッジだがヘッジのためにヘッジ手法を使っているのではなく、ファンドの運用益を最大限に追求するために利用していた。


また例えばこういうことにも使える。

例えば不祥事を起こして大量リコールをするような自動車メーカーがあったとする。
この問題が長期に長引きそうだったら、この企業の株に空売りをかけるということもできる。

株価が下がることが分かっているなら、空売りを浴びせることで利益が得られる。
株価が下がれば利益が出るのだから。
もしも倒産してくれたりすれば、最大限の利益を得られる。
なんせもう株の現物を後で買って返済しなくても良くなるからだ。

このように空売りをかけることは経営がズサンな企業に対して、イエローカード、レッドカードを出すという意味合いもある。
私が知っている人でいえば「日本ファンド」を開設していたピーター・タスカさんなんて人が、こういう趣旨の「空売りファンド」をやっておられた。
この人は明確に
「社会的に問題のある企業にもの申す」
と言っておられた。

利益を出しながら社会正義も体現できるファンドということらしい。


しかしデリバティブは間違った使い方をするとリーマンショックのような金融危機をもたらすということも、今日の私たちは知っている。
リーマンプラザーズは、名門の投資銀行だったがその立場を利用し、金融工学のあらゆるアイデアを利用してモーゲージローン(不動産金融)の無限希釈化に成功して世界中に販売していた。
こうした商品は希釈化によってリスクはないと説明された。
リスクがなくて利益は確実に出るのだったら、誰だって飛びついてそういう金融商品を買うに違いない。
リスクの数量化の考え方が間違っていたと後から反省はできるが、結局道具の使い方を間違えたということだろう。

金融工学は単なる道具に過ぎない。
その道具のおかげで、今日我々は天候や政変などに関係なく、うどんやそば、魚などの食品を食べることができる。
「小麦生産地に政変が起きたので、今年はうどんが一杯2000円します」
なんていうむちゃくちゃなことが起きないのは、こうした金融工学の恩恵だ。
ただ使い方を間違えたために、リーマンショックのような危機を招き、今もその危機からのリカバーの途中にいる。


『 「空売り」は市場の流動性のために必要だ』
というのは説明の仕方として間違いではないけど、あまりにも雑な説明だという気がしたので書いてみた。
kanji_kさん、こんな説明でどうでしょうかね?

<追記>
この項目に自分がコメントをつけているのに気がついた。
3年前の自分もこの話題を面白いと思って長いコメントをつけていた。
しかし今読み返してみるとこの当時の自分のコメントもやや説明が荒い気がした。
今説明を書くならこういう感じかな。



<さらに追記>

この項目を書いた後で、「空売りがリスクヘッジに使われた歴史はそんなにあるのか」という疑問を自分で持ってしまった。
確かに「つなぎ売り」という用語もあって、現物を持ちながら一時的に空売りをかけてポジションをニュートラルに戻しておき、値下がりによる損失に備えるという売買のテクニックは存在する。
つまりここに書いたように、現物の株なり商品なりを持っていて、来年にかけてこれらの値下がりが予想されるが今手じまい売りをしたくない、持っておきたいが損失は最小に押さえたいという時に、現物の保有を続けたまま空売りを組み合わせることによって、値下がりしても損失を避けることもできる。

株にしても商品にしてもそういうことをやることは可能なのだが、現実にそういう組み合わせを市場参加者がやることがあるかどうかが分からなかった。

ひとつは値上がりした時にその利益をとることができないし、値上がりのレベルが想定を越えると追証が発生したりでこれはこれでちゃんと計算しておかないと別の損失を生む可能性がある。
空売りという手法が発生した時には、リスクヘッジも狙いに入っていたことは間違いないが、使い方も難しいようでそんなにリスクヘッジとして利用されているのかはよくわからない。

というよりも以前藤巻健史さんにお話を聞いた時に
「夏期休暇などで2週間ほどポジションを一時的にニュートラルにしておきたい時にはプットのオプションを買う。」
と言っておられた。

オプションは先物に似ているが、対象は商品ではなく商品を売買する権利を売買するというもの。
言葉で説明すると混乱しそうだが、モノを売買するのではなく権利を売買するので、思惑が外れて値下がりの保険のつもりでかけたのに値上がりしてしまったという時には、単に掛け金を捨てればいいだけだから損失を限定できる。
現物を組み合わせれば利益も期待できるという手法。

藤巻さんはモルガンにおられた当時は十億から百億というようなポジションを常時持っていたそうなので、夏休みで一週間市場から離れるだけで億単位の損失を出してしまう可能性がある。
そういう時にはいつもオプションのプットで反対売買をしておき、市場がどちらに転んでも損失が出ないようにポジション解消をやっていたということだ。

いま大口の取引をする人はむしろこういう組み合わせを使うようで、つなぎ売りはそういうものを使う事情があるプレイヤーに限られるというのが実際のようだ。

ここらは誤解の元になるかもしれないと思ったので追記しておく。




2010年7月21日



<さらにさらに追記>
1000円の現物と、1000円の先物を50%ずつ買えば、相場の上げ下げに関係なく損失がないと書いてしまったが、これも単純化し過ぎて誤解を生みそうな気がしてきた。

価格を安定させたいだけなら、1000円の先物を100%買えばいいのだ。
そうすれば市場の上げ下げに関係なく1000円で約定しているので、来年1000円で購買できる。
もし50%ずつなら1200円に値上がりした場合、現物で200円の損失、先物で予定価格通りだから損失をならすと1枚あたり100円の損失という計算も成り立つ。

これでは先物と現物を組み合わせると損失を防げるという説明は変ではないかということになる。

この場合値下がりをすると逆に1枚100円の利益が生まれることにも注目して市場の利益を取りつつリスクを抑えた組み合わせがこれだという説明はできる。
現値の一枚1000円が適正ならば全部先物で買ってしまえばいいのだが、バイヤーが今の価格は高いと思っている時、値下がりの時に利益を取れる方法を残しておきたいと考える筈だ。
例えば石油がそうで、今の価格は高過ぎると思う、しかし来年下がっているという保証はなく、逆にさらに高騰しているかもしれない。
だから下がった時の利益を取りたいが、上がった時の損失をある程度押さえたいという時に現物を先物を組み合わせるという説明になる。
現物と先物を半々にしておけば、下がった時に、つまり本来の価格水準に近づいた時に利益が出て、現物100%ほど安くなるわけではないが、その価格に売価も近づけることができる。
逆に高騰した時に、現物は損失を出すが先物があるのでその値上がりのショックも半分ですむ。

こういう書き方をしたら解ってもらえるだろうか。
つまり結局はこういうテクニカルを駆使して価格の安定を図るのだが、分かりやすく単純に書くというのが想像以上に難しいなと今回は実感してしまった。
単純化するとどうしても間違いになりそうだし、こういうのは本当に難しい。




2010年8月13日















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青木さやか