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web1.0的人間
/Web1.0ers

自分はやっぱりWeb1.0な人間かも、と思う10の瞬間


FPN-自分はやっぱりWeb1.0な人間かも、と思う10の瞬間という記事を見つけた。
ここの条件がweb1.0とweb2.0を峻別する条件なのかどうかは人によって反論もあるのかもしれない。
でも今巷でいっている「web2.0」の語呂というかニュアンスを考えると大体こういう捉え方で良いのかもしれない。
「いわゆるweb2.0」ということならばだ。
そしてこの方の挙げている「自分はweb1.0な人だと思う10の瞬間」だが、残念ながらというべきか私もほとんど全て当てはまる。
mixiの足跡が気になってお声がかからない限り、他所のページを見に行けないしご無沙汰のマイミクのところを訪問するのがすごく億劫になってくる。
なんだか「行っている」という記録が残っているのに何もコメントを残さないのは「ネットストーカー」ととられるみたいで、あかの他人よりもあまり親しくないお知り合いのページの方が敷居が高いという変なことになってしまう。
だったら
「コメントを残せば良いのに」
とmixi慣れしている人には言われてしまうが
「ちょっと他所のページを閲覧するたびにコメントをいちいち残さないといけないってかえって不便じゃないか」
と思って余計mixiに入るのが億劫になってしまうのだ。

他の部分でいえば
「会社の仕事と個人のサイトは、場所も内容も当然分け」ているし、「チャットソフトは常時起動」なんて必要が出たとき以外していない。

他所のブログ記事に反応して何か書こうと思ったらそのコメントを書き上げた時には大抵時間が経ってしまってそのコメントを返す時には先方のブログはもう別の話題に移ってしまっていて「話題に一周遅れで参加している」し、このサイトはブログではないからトラックバックはできないが、トラックバック機能があったって「タイムリーにトラックバックもできない」のでどうせ役に立たない。

そういう意味で
「Flicker」も「mixi」も「Podcasting」も仕組みが分かってしまえば、その活用には全然興味が涌かないし、何よりも
「いまだにWeb2.0が何か説明できない」。
何だ、全部の項目が該当しているじゃないか。

そうじゃないかと思っていたことが、やっぱりそうだったということだけなのかもしれないがやっぱり私は最も非web2.0的な人間だということだ。
だから当サイトにもweb2.0な機能を求められてもそういうものではないということが分かっていただけるかと思う。




2006年8月20日





先日「自分はやっぱりweb1.0な人だと実感する10の瞬間」という記事の感想を書いたが、
「web2.0って何なのかよくわからない」
なんていつまでも言っていられないので、「なんちゃってIT用語辞典」に「web2.0」についての記事を書いた。
これで10の瞬間のうち「web2.0が何か説明できない」というひとつだけはクリアしたので私も少しは次世代webの人に近づいたということかもしれない。

ところが拡散していた情報や、考えをまとめるだけまとめてみたのだが今回はちょっと支離滅裂になってしまったかもしれない。
どうもこの言葉の表そうとしていることが漠然としすぎていて、これはテクニカルタームではなく哲学用語とした方が良いんじゃないだろうかとか思ったり、「学生時代に習ったノーバート・ウイナーの『記号論』とかこういう感じの学問だったな」とか思い出してほろ苦い感傷に浸ってみたりした。(意味無し)

話が純粋にテクノロジーのことではないし、具体例を挙げて漠然とこういうイメージのものということはいえるが何をもってweb2.0たるべしと言えるのかということは逆に前よりも分からなくなってしまった。
なんだ、「web2.0が何か説明できない」という条件はクリアできていないじゃないか!
やっぱり私はweb1.0な人なのだということを再認識しただけなのかもしれない・・・




2006年8月22日













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青木さやか