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虚構新聞を見てマスコミは猛省すべきかな?
/Is "Music deafness" discriminatory?

言葉狩りはマスコミ人の信念の無さの現れ


J.S.Machさん経由で知った面白いサイト。

虚構新聞というジョークサイトというかなんというか。
要するに毎年4月1日になると
「APが伝えるところによると、先ほど米国・シアトル市在住のマイクロソフト社会長のビル・ゲイツ氏が暗殺された模様。暗殺についての詳細は不明だが、シアトル市内の病院で死亡が確認された。なおアルカイダを支援するグループから犯行声明が出されているが、事件との関係は不明。」
というような外信が流れてきて、翌日には
「エイプリルフールでした。」
なんてやっているが、それを一年中やっているようなネットニュースサイトということになるか。


このサイトの中で面白かったのは、『「音痴」は差別的 呼称の言い換えを検討』という2005年11月28日の記事。

要約すると
『「音痴」という言葉には差別的な意味が含まれるとして「日本音痴学会」(?)という学識者団体がこれに代わる呼称の提案を検討している。』
というものだ。
音痴という言葉に含まれる「痴」という言葉が歌が下手な人を差別しているのではないかという議論につながり、「歌が不自由な人」という言い換えが検討されているという。

この「虚構新聞」の主幹のUKさんという人物はどういう人なのか知らないが、私はこの「新聞ならびにマスコミの文体に慣れた文章のスタイル」からプロではないかという気がしている。

この記事で吹き出してしまったのはこの「歌の不自由な人」というくだりで、UKさんをプロではないかなと思ってしまったのは、こういうマスコミにはびこる下らない差別語パージの実態を良く知っていないとこういうパロディは書けないのではないかと思うからだ。

マスコミでは使ってはいけない言葉がある。
昔から差別語として使われてきたそのものの言葉がもちろんそれに入る。
しかし最近ではその反差別の議論が行き過ぎた方向になって、しかも差別の本質を理解していないクレーマーのピントのずれたクレームを差別の本質を理解していなピントのずれたマスコミ人が受けて見当違いも甚だしいルールをスタンダードにしはじめている。

例えば「皮切り」ということばだ。
この言葉は被差別部落民の多くが動物の皮を剥ぐ仕事に従事させられていたという連想から「差別語である」という変な濡れ衣を着せられている。
しかし広辞苑を見ると「皮切り」の意味は
「最初にすえる灸、転じて物事のしはじめ、手始め」
となっていて、被差別部落民の職業とは何の関係もない言葉だということが判る。

しかしニュースなどでこの「皮切り」という言葉を使うと
「皮切りという言葉は差別語ではないのか?」
とろくに調べもしないで、日本語の意味も解りもしないでクレームを入れてくる馬鹿が必ずいる。
そしてあまりにもこういうクレームが多いので最近はマスコミでも
「『皮切り』は差別語ではないが使用が望ましくない、まぎらわしい用語」
ということになってしまったらしい。

こういう例は枚挙にいとまがない。
「片手落ち」なんてのも抹殺されつつある用語だし、最近では「ちょん切る」という言葉に反応したアナウンサーもいた。
チョンガーやバカチョンは使ってはいけない用語だから、単純にそういう発想をしたのだろう。
これらの用語は「五体満足でない様」「韓国北朝鮮切る」などと言い換えられるのかも知れない。

この調子で相撲用語の
「右よつ」
なんて言葉も早晩禁止されるだろう。
「右四肢が組み合わさった状態」
なんて言い換えが必要になるはずだ。

「目の不自由な人」「耳の不自由な人」などという言い換えはもうすっかりスタンダードになってしまった。
痴呆症も禁止ワードになって「認知症」といわなくてはならない。
そのうち本当に「歌が不自由な人」という言葉がニュース用語のスタンダードになってしまうかも知れない。

こういう日本語の語源なんかなんにも知らないで、ろくに調べもしないで「差別語ではないか?」なんてクレームを入れてくるバカもバカだが、それをいちいち真に受けてろくに調べもしないで「禁止語」にしてしまうマスコミ人の信念の無さにも大いに問題がある。
「片手落ち」を差別語として解釈するのは日本語の理解の仕方として間違っているというのなら
「それは間違いだ」
とはっきり言えば良いのに、なぜか差別人権問題には触れたがらないという体質があって、結局こういう用語は
「可能な限り使わないように」
というタマムシ色の決着になってしまう。
(「可能な限り使うな」というのは事実上の禁止なのだ。正面切って禁止というと物議をかもすから「勧告」のようなスタイルをとっているが、じゃ使っても良いのかというと使えないわけだから結局「禁止」なのだ。この信念の無さはいったい何なんだろうか?)

この「歌が不自由な人」という用語も笑い事ではないかも知れない。
本当にニュース用語として何年後かにはスタンダードになっているかも知れない。
そうすると運動音痴や方向音痴も
「運動歌が不自由な人」「方向歌が不自由な人」
という言い換えが必要だろうか。
それとも「運動が不自由な人」「方向が不自由な人」?
とにかく日常会話では絶対に使わないような言葉が、どんどんスタンダードになっていくのだ。

そのうちニュースは英語で読んでくれた方が解りやすいなんてことになるのかも知れない。




2006年5月25日













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