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感慨深いCEO更迭、iPod OEM中止
/2 OU 3 CHOSES QUE JE SAIS D'ELLE

hpって考えたら馴染みある会社だったよね


Appleのintel乗り換えをすっぱ抜いたウォールストリートジャーナルが、今度はヒューレットパッカードがiPodの販売を打ち切るという記事を抜いている。
この会社はコンパックの買収で収益が伸びなかった責任をフィオリーナ前CEOに全ておっかぶせて詰め腹を切らせてしまい、今もの凄い勢いで事業のリストラを進めている。
今度はintel乗り換えの時と違って「ありそうな話」と思ってしまう。


加筆で続けると、この美人CEOで評判になったフィオリーナCEOを更迭してしまったというのは、ヒューレットパッカードの創業家のクーデターだという話も聞いたことがある。
ちょっと妙な話だなと思ったのはフィオリーナCEOは、何となく行き詰まっていたhpの経営を刷新するために創業家のオーナーの信任を受けて抜てきされてCEOになったはずだったということだ。

そういう信任を受けていたのでフィオリーナCEOは次々と周りをあっと驚かせるような大胆な経営計画を打ち出していくわけで、その内の最大のものがコンパックの買収だったし、直近のいくつかのサプライズの中に「Linuxプリインストール機の販売開始」「AppleのiPodのOEM販売」などの施策もあった。

しかしフィオリーナCEOもサプライズばかりに気を配り過ぎて堅実な経営を怠ったのか、不運にも市場の流れが逆行していたのか、コンピュータ史上最大の買収劇といわれた割にはコンパック併合は手間とコストがかかり過ぎて、結局ほとんど利益を生まなかったという問題の責任を取らされてフィオリーナCEOは更迭されたような格好になった。

しかしそれだったらなんで最初からフィオリーナなんていう外様の女性に経営を託したりしたんだろうか?
結局、派手好きな外様の女性経営者は証券アナリストなどに映りが良いし、そういうものを打ち出しておいて
「hpは本気で経営を改革する気があるな」
なんてことを思わせれば成功だということで、いわば客寄せパンダみたいにしてフィオリーナを抜てきしたのか。
しかしパンダがあんなことをしでかすと思っていなかったので慌てふためいたというようなことじゃないだろうか?
今になってiPodのOEM販売も凍結にするとかいうニュースも流れているし、しかもiPodはさすがに一頃の品薄状態は脱したけどもそれでもあらゆるアナリストの予想を上回る売れ行きを見せているさなかに、iPodのOEM中止ということだからどう考えても
「事業の再構築のため」
というよりも
「これを言い出した前任者が気に食わないから、前任者のアイデアは全て打ち切る」
というふうにしか聞こえない。
となると当然Linuxプリインストール機も販売打ち切りかな。

hpは結構これから面白い会社に生まれ変わるのかなと思ってみていたのだけど、やっぱりWindows搭載機を売る普通のパソコン屋に落ち着くみたいだ。
最近、外様の女性経営者を思いきって抜てきした日本のサンヨーなんていう会社もあるけど、こちらはどうなんだろう?
捨て身で女性経営者を大抜擢したのだから、彼女と心中するつもりで改革をやり遂げて欲しいとおもうけど、hpみたいに途中で放り出しちゃうなんてみっともないことは無いといいんだけど。

老婆心のような余計なお世話な話だけれど、でもhpはこれから面白い会社になるのかなと一瞬期待していたんで、このウォールストリートジャーナルのニュースを読んだらやっぱり物事って大体つまらない方に流れていくんだなと再確認しただけのことだ。
せめてサンヨーはそうであって欲しくないなと思っただけだが。




2005年8月2日




昨日ヒューレットパッカードの話を書いたけども、この会社ってよく考えたら私個人的には付き合いが古い会社だったということを思い出してまたちょっと書きたくなった。

私が大学を卒業して、広告屋の駆け出し営業として下積みしていた1年目に穫った最大のスポンサーが、
『横河ヒューレットパッカード』
という会社だった。
この会社は横河電機と米ヒューレットパッカードの合弁会社で、業態としては特殊計測機器の開発、販売をメインにする会社だった。

これが後には横河と分離して今の日本ヒューレットパッカードになるわけだが、今のhpと違ってこの時のYHPの印象は地味ながら手堅い技術を蓄積して、他社の参入を許さないようなマーケットもしっかり持っている優良企業という感じだった。
当時は確かパソコンやプリンタなんか作っていなかったと思う。
記憶違いでひょっとしたら少しは作っていたかもしれない。しかしいずれにしてもそういう民生機器製品はYHPのメインの業態ではなかったのは確かだ。

ヒューレットパッカードという会社自体がシリコンバレーのガレージでカスタムメードの計測機器を作りはじめたのが始まりだという歴史を持つ。
だからその特殊計測器という技術は文学部出身の私にはあまりよく理解できないような物が多かったが、とても専門的な技術ノウハウが蓄積されていてお客も
「こういう物はYHPさんに頼むしかしょうがない」
というような状態だったようだということは理解できた。

そのYHPの担当者という人が横河からの出向者で、hpからの出向者の外人の上司も紹介してくれたがそのミーティングから
「家族的な雰囲気ののほほんとした会社」
という印象を受けた。
この会社が私の「外資系企業」体験の第1号だったので、外資系というのはそういうものかと思っていたが、後にもっと多くの外資系企業と付き合いをするうちにYHPという企業は例外中の例外だったのだなということが分かってきた。
外資系企業というのは大体どこでも、生き馬の眼を抜くというか、ぎすぎすした空気の中でお互いに肩肘張りあって主張しあって、冷静な議論ができないところという印象を後に持つにいたって、あのYHPののほほんとした雰囲気はどういうことだったんだろうかと思うまでになった。

その後暫くしてアーノルド・トゥインビー教授の「第三の波」という本がベストセラーになり、「ジャパンアズNo.1」という言葉が流行語になり、アメリカの没落日本の繁栄が喧伝された80年代には「日本型企業経営」という流行語も生まれた。
これは「年功序列」とか「終身雇用制」とか今ではむしろ否定的にいわれる日本企業の特徴がもてはやされ、この日本の家族主義経営がアメリカでも取り入れられはじめた。

その時にある報道番組で見たのだが、この「日本ブーム」が起きる前から「終身雇用制」を取り入れ日本型経営を既に実施していた企業が紹介されていた。
それがヒューレットパッカードという企業だった。
もともとガレージベンチャーからスタートしたこの会社は、最初からそういう雰囲気を持った企業だったが、横河と一時期合弁していた経験から早くから日本型経営の優れた点を見抜き、これを本社経営にも取り入れたのだという説明がついていた。

それから20年近くたって例のフィオリーナCEO解任のニュースになるわけだ。
hpは特殊計測器という自らのもっとも得意としていたジャンルの技術をすっかり手放してしまって、安価なパソコンやプリンタを製造販売する会社になってしまった。
そしてかつての家族主義経営を捨て、不採算事業はどんどんリストラすることで短期利益を追求する普通のアメリカ企業になってしまった。

そして前任者のリストラを無効化して、前任者がはじめた新規事業をどんどんリストラするというやや報復的な事業再編が行われているわけだ。
これでhpが再び輝きを取り戻せるかというと、20年前の横河ヒューレットパッカードの雰囲気を知っている眼から見ればかなり難しいのではないかという気がする。

覆水盆に返らずという言葉が頭の中を何度も行き来してしまうのだ。




2005年8月3日













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