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「Macは商業化された最初のGUI」は嘘だった!
/We shall overcome!

マカとドザの果てしない罵り合いが終息するとき


「Macは商業化された最初のGUI」は嘘だった!

こちらにこのような写真が掲載されている。
コンピュータ史に埋もれてしまったWindows65の姿だ。






Windows65は後のPCすらなかなか獲得できなかったオールインワンの形態をすでに獲得している
AppleがMacintoshで持ち運び可能な一体型コンピュータを開発したというウソが暴かれてしまった


この写真を見るとWindows65はすでに黒画面にドットで文字や図形を表現する後の時代のスタンダードを飛び越え、面で表現するグラフィックを備えていることが伺える。
またタイプライターを再利用したQWERTYキーボードや電話カプラーを装備するなど、後のインターネット対応パソコンの条件をクリアしていることが伺われる。
(また電話カプラーは受話器のレストとしても利用でき、受話器を取ればそのまま普通の電話としても通話もできるという、後のケータイなみの機能も装備しているらしい)

またモニタ部分のガチャガチャ回すチャンネルを切り替えれば、コンピュータ画面だけでなくテレビ放送も見ることができるなど、今日の日本の家電メーカが打ち出している「パソコンでテレビ」をすでに実現していたこともわかる。
(ただしモニタはモノクロなためカラー放送も白黒でしか視聴できない)
なお、モニタ上下に物理的に時計や計算尺が装備されていることから「計算機! 時計!」などのクールなアプリケーションをソフトウエア的には実装していない可能性はある。

この資料からは
「GUIはゼロックス・パロアルト研究所で考案され、Apple社がMacintoshで製品化に成功した」
という一般に信じられているコンピュータの歴史は間違いであり、これらのアイデアの権利は全てマイクロソフト社が所有しているという同社の主張が正しいということが伺える。
なお、このパソコンが1965年に発売されたとすると、当時ビル・ゲイツ氏は10歳だったわけだが、
「10歳の少年にこんなGUIのコードが書けたのか?」
という指摘に対してはMS社も沈黙している。


なんてジョークはともかくたまたまネットを見ていて見つけたjpegがこれ。
ちょっと古いネタだったかもしれないが気に入ったので、思わず載せてしまった。


ネットを流し読みしていてこのふたつのサイトも見つけてしまった。
ひとつは「マカ」を皆殺しにせよというプロパガンダが書かれたKiLL MACers !というサイトで、おそらく「マカー」という言葉の起こりはこのサイトだということらしい。
(でもこれ「キル メイサーズ」としか読めないんですけど)
もうひとつはまるで合わせ鏡のような"M or W?"..."It's OR!"というサイトだ。
こちらもホンワカとしたMacユーザの「逝っちゃった」感が実に良く出ていて、この両者のサイトを見ていると90年代より果てしなく続いた「Mac vs. Windows どちらがすぐれているか?」論争が実に凝縮された内容になっている。

まとめるならばMacユーザは
「Macこそ唯一正当のGUIであり、そのすぐれた哲学の前にはWindowsなどといううす汚いGUIモドキは何の価値もない」
と礼賛するとWindowsユーザは
「マカはみんな電波が入ったキモイ基地外、ジョブズ教という宗教法人に洗脳され無限にお布施を払い続ける逝っちゃったマイノリティ」
ということになり実際この十数年間に渡って巨大掲示板を中心に、延々と繰り広げられてきた不毛な罵り合いを突き詰めてしまうとほぼこのワンセンテンスに両者の主張は納まってしまう。

そしてこの両者のサイトは、いずれも更新されなくなってすでに数年経っているということも象徴的だ。

マカとドザというふたつの民族の主張をもう少し分析するなら、ドザの主張は
「マカは電波が入っていて気が狂っている」
というこの一言に尽きる。
だから
「すでにシェアが5%を切っていることに気がつかなくって、Windowsが滅亡したあとMacがすべてを支配するなんていう信じがたい幻想をたった4%以下のシェアのプラットフォームユーザが夢見る異常事態が起こる」
ということになる。
「マカは自分たちが使っているOSが仕事にも遊びにも役に立たないことにすら気がつかないミイラのような存在」
ということになるだろう。
こういう客観的でもなんでもない決めつけがなんで成り立つかというと、ドザはやはりマカに天敵意識を持っているからだ。
かのサイトを良く見て欲しい。
「愚かさというか、蒙昧さ」
とか
「それは比較とは、い・い・ま・せ・ん。ボケ頭!」
とか
「なんでクソ林檎会社の機械は、こんなに世界中のマーケットで支持されないのでしょうか?」
とか
「脳ミソが5年前の豆腐を叩き潰した状態になっているようなマッカーだから」
なんて形容詞が、なんで普通の市民生活を営んでいるはずの常識人から出てくるんだろうか?
精神異常者ならともかく、普通の人からはここまでの罵詈雑言は「よほどの恨み」がない限りでてこないだろう。

その「よほどの恨み」というのはやはりWindows3.*の時代にMacユーザがWindowsユーザ並びにMS-DOSユーザを散々こき下ろしたという歴史的事実が基になっていると思う。
この時代シングルタスク、ひとつしかウインドウが開かないウインドウオペレーションをを見てMacユーザがWindows3.*ユーザを散々こき下ろしたということが刷り込みのようになってWindowsユーザに
「マカは天敵だ」
という意識を植え付けた。
Windowsユーザには罪はなかったのだが、Macユーザから見ればWindows3.*はやはり趣味の悪いMacのカリカチュアにしか見えなかったので、どうしてもいじめたくなったのだと思う。

そしてこれが原体験になってWindows95が出てやっとWindowsがMacと比較しうるようなGUIを獲得したあとも初期のコアユーザにとっては
「マカは許しがたい天敵」
であり
「全ての論理性を越えた、暴虐の抑圧者」
としか映っていなかったのだと思う。
だからムスリムのボスニアヘルツェゴビナ市民がセルビア人を蛇蝎のごとく憎悪するがごとく、ドザにはマカは
「精神異常者で人権感覚がまったく無い暴虐の民」
というふうにしか見えていなかったに違いない。
やがてシェアの逆転があり、さらにこのWindowsがマジョリティの時代しか知らない若いユーザが、この古い時代を知っているドザエバンジェリストの煽動に乗って
「マイノリティのくせに尊大な口の聞き方しか知らないマカ族」
というイデオロギーを再生産して、それが今日に至るマカとドザの口汚い罵倒合戦に繋がっているのだろう。

またマカはマカで、スカリーの夢、ジョブズの夢を順番に見せられて
「Macこそ未来のGUIのひな形」
という空想的なイデオロギーを植え付けられ続けて、なぜMacがどんどんシェアを失って行くのかを理解できないまま、
「いつかは必ずMacがメジャーOSになる時代が来る」
と信じ続けて今日までやってきた。
シェアを失い続けているのは
「ものの価値を理解できない、値段が安いか高いかしか比較条件を知らないバーバリアンのようなドザが世間の多数派だからで、本当のOSの価値が理解されてきたら世界のほとんどはMacによって占拠されるに違いない」
なんていう理解の仕方をしていたからだ。

最近でこそやっとこういう暗示はほどけてきて
「Macが支配的なOSになる時代は永遠にこないかもしれない」
ということに気がつき始めているが、それでも
「MacはあらゆるOSの中でもっともエレガントで、人間工学に配慮されて、しかも常に革新的で優れたOSである」
という信念は失わずに今日にきている。
このシェア4%を切っているプラットフォームが
「常に全てのプラットフォームのあり方を決定する優れたOSである」
という確信を持っているという「選民意識」がWindowsユーザには鼻持ちならないところなのだろう。
「なぜ革新は95%のシェアを持っているWindowsから起きるという事実を認めようとしないのか?」
ということなんじゃないだろうか。

こうしてドザとマカの罵詈雑言は果てしなく続く。
それがどんなふうに果てしないかというと、それを実際に見てみたい人は2ちゃんねるのMac板やOS板を見てみれば良い。
そこに実際の罵詈雑言がどういうふうに拡大再生産されているかは、いくらでも実例を見ることができる。

なぜ、こんな今更な話題を書いてみようと思ったかというと、かのふたつのドザサイトとマカサイトを見つけたからだ。
先にも書いたが、このサイトはふたつともこの数年更新が止まっている。
このことが非常に象徴的だと思ったからだ。
当サイトに、このページの上なのだが
「ドザとマカが巨大掲示板を中心に罵り合いをしていたなんてことは、いつか若い世代には全く理解されない時代が来る」
という予想を書いた。
そうすると早速反応が来たのは、当サイトの細かいミスをあげつらって
「無理しなさんな(www」
という反応だった。
(解らない人のために解説するなら2ちゃんねるではwwwは笑笑笑という意味で、もっと言えばどちらかというと冷笑的な笑いで、ユーモアに感じている笑いではない。こういう書き込みをするということは書き手は明らかにこちらの感情を損ねることを目的としている)

当サイトのミスを指摘してくれることはありがたい。
正直私はこういう雑な性格だし、細かいところまで全て検証しているわけではない。
中には正直やっつけでやってしまったところもある。この書き手が指摘したところも、実は私的にも問題を感じていたところなのだが、スタートした当時はマイナーなサイトだったし「いずれちゃんと考えよう」と思っていい加減にやっていたところだ。
そこを指摘されたのだから痛み入るわけだが、問題はそういう指摘は建設的な文脈でいただければ私も快く「ありがとう」と言えるのだが、残念ながら今回は
「エラそうなこと書いたってお前の知的レベルはしれているぞ」
という文脈でいただいたわけだ。
私としては多いに心楽しまないところだ。


いや、私の名誉なんかはどうでも良い。
書きたかったのはどうしてこういう反応が出てくるかということだ。
どうして私が見ず知らずの人の憎悪を買わなきゃいけないのか。

この書き手はやはり私を「電波の入ったマカ」というステロタイプな捉え方をしているんじゃないだろうか?
このサイトは単なる反Windowsサイト、アンチマイクロソフトサイトとして単純に理解されているんじゃないだろうか?
だから不快感を表明するために、わざと私の感情を害するようなことを書いたのかもしれない。

しかし当サイトは単なるアンチマイクロソフトなサイトなのだろうか?
私としてはAppleの悪口もMacOSそのものの批判も書いてきたつもりだ。勿論ジョブズを礼賛するなんてことはしていないはずだ。
しかしMac系サイトだし、「Windowsは滅びてマイクロソフト社は倒産するかもしれない」なんて書いているし電波系マカのサイトに違いないということで、「憎悪」を買ってしまうのだろう。
こういう「ステロタイプ」というのは怖いのかもしれない。
「ああ、いわゆる◯◯系だね」
なんて決めつけをされると、もうそこから離れることはできない。
「いわゆる『アンチマイクロソフト』系のサイトだね」
ということになってしまうのだろう。
そうするともうそういう理解のされ方しかしない。

しかし私自身はいわゆるコンサバティブなマカは感情的に合わないということも相当あちこちに書いているはずだし、Macもそんなにご立派なものじゃないということも書いているつもりだし、iMacがGLODで死んだ時に修理をあっさりあきらめてクズ屋に引き取らせた辺りが、真性のマカとはやはり根本的に違うというような事例まであげて実感を込めて書いたつもりだが、そういうところは全く理解されていないんじゃないだろうか。
結局当サイトは、単純なアンチマイクロソフトな電波系サイトという理解しかされていないだろう。
冒頭のWindows65の話は私は面白がって書いているのだが、これも単純なWindows批判にしか見えないのかもしれない。
そしてそういうものに浴びせられる言葉は、かのリンク先のサイトのように
「さいてーのウンコみたいなマッカー」
という言葉になってしまうのだろう。
それこそステロタイプだということを私は言っているつもりなのだけど。


救いなのはこのふたつのリンク先のサイトはどちらも更新が止まってしまった「死んだサイト」だということだ。
このことが象徴的だと思うし、やはり私が予見した通り「マカとドザが罵り合っていたなんて話が理解されないような時代が遠からず来る」という傍証のひとつだと思っている。
2ちゃんねるには相変わらずこれらのサイトの主のような人々が集まっているが、そういう人々自体がそもそもマカもドザも少数派になりつつあり、やがて2ちゃんねるの消滅とともに消える運命にあると思っている。

あとに続くのは大転換の時代だ。
そして以前にも書いたが、私自身はそういう時代はユートピアのような清々しい時代ではなく、むしろ私のようなタイプの人間には退屈な時代になるに違いないと考えている。
というようなことを書いても「やたら強気の文章を書く」とか「アンチマイクロソフト」という決めつけ方をされるんだろうな。
これも一種の知の後退だという気がする。




2007年2月20日













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