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J.S.Bach リュート組曲ト短調よりガボット2
バッハという人ははバロック音楽を代表する作家でありながら、バロック時代の作家の中でもっとも異形の作家であるということをいくつか書いてきた。
その異形ということはこのバッハの代表作のリュート組曲にもっとも凝縮されている。
元々バロック時代以前にはこの「組曲」という形式の音楽はボールルームで舞踏会の時に演奏される音楽の形式として発展した。
ダンスの音楽だから決まり事がある。明るいアップテンポの曲があって、次はスローな曲があってまたアップテンポがあってというように、緩急緩急または急緩急緩の4楽章ということに決まっていた。この組曲を何曲か連続で演奏して、ダンスに参加するクライアントはどこからでも好きなところから入ってもらうというのがそもそもの組曲の実用的な意味だった。
ところがバッハは師匠からこの宮廷のお決まりを厳格に教えられていたはずだが、この決まりを破壊してしまった。
速い話がこの組曲は4楽章ではない。7つも楽章があって、しかも5つめと6つめの楽章はそれ自体がトリオ形式になっている。
しかもプレリュードは曲の途中でテンポも変わってしまうし、変拍子に近いトリッキーなリズムを使っていてこの曲では非常に踊りにくかっただろう。
大体リュートという楽器が既に舞踏会に向いていないというか、本気で舞踏会で使う気ならカメラータ音楽として創造されるべきだったのだが、最初この曲は無伴奏チェロ組曲として記譜されて、そのできが気に入ったのでチェロよりももっと音量が小さいリュートのための組曲に書き換えたといういきさつを聴くと、バッハは最初からこの音楽を観賞用に書き上げたということが伺える。
そこにどういうストーリィがあったのかはわからないが、どちらにしてもバッハの時代に音楽は単なる宮廷のアクセサリーや教会の宗教行事用の音楽から、観賞用のそれ自体が芸術であるという音楽に昇格したことだけは間違いない。
このガボットはその変則の第5楽章で、譜面には特に指定はないが第6楽章と対になって配置されていることは明らかで、第6楽章の後もう一度リピートして演奏されるしきたりになっている。
音源としては私が自分でサンプリングしたリュートの音を使っている。
リュートという楽器は奏法はギターに似ているが、2弦3弦間の長3度短縮がない完全4度の調弦であることと、その形態音色からどちらかというと琵琶に近い楽器だ。
また主旋律を奏でる高音弦はコースといって、ユニゾンの複弦になっていて、10弦以降の低音弦は弾いて演奏するためにあるのではなく、高音弦を共鳴させて物理的にリバーブを作るためにあるというあまり他の楽器では例を見ない発音法になっている。
ギターという楽器の祖先筋でありながらギターとは全く音色が違うという面白い楽器だ。