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映画に登場するプロップガン
〜プロップガンの嘘「ファイナル・カウントダウン」と「鞍馬天狗」

Prop Guns/Final Countdown

映画に登場するプロップガン〜プロップガンの嘘「ファイナル・カウントダウン」と「鞍馬天狗」

映画の撮影で使用される銃をプロップガンとかステージガンという。

意味はどちらも小道具の銃のこと。

小道具は英語でpropertyというからこのproperty gunがプロップガンという名称になったのだろう。
これはアメリカの活動屋にも普通に通じることばだ。

それに対してステージガンという言葉は、アメリカなど英語ネーティブの人たちには通じないという話を聞いたことがある。

もともとはウエンスタンショーなどの舞台で使用されていたステージ用の銃ということで和製英語っぽいが、実際英語ネーティブの人に通じないのか試してみたことがないからわからない。

日本の活動屋さんは主にステージガンという言葉を使っていたような記憶がある。


1940年代ぐらいまではプロップガンは実銃を使っていたそうだ。

銃を空砲専用に改造するより、市販の銃をそのまま撃った方が安上がりだし調達も早いということなのかもしれない。

チャップリンの確かモダンタイムズだったと思うが強盗が鼻先で撃つ銃を、ボクシングのスウェーやダッキングのようにしてチャップリンが避けるというシーンがあったが、もしあのシーンも実銃を使っていたとしたら、命懸けの危険な撮影だったのかもしれない。

確か後ろの壁に弾着の埃が舞い上がっていたから、昔見た時は普通に電気弾着だと思ったけどよく考えたら戦前にあんな精密な弾着の仕掛けはなかったかもしれない。

そうだとしたら銃を撃つ相手役とチャップリンの息がぴったりあっていないと本当に頭に当たって死ぬ危険な撮影だったのかも。


実弾を撮影に使って俳優が死ぬという事故がかつては実際に起こっており、そうした事故を受けて撮影にはブランクガン(空砲を使う銃)を使用するのが一般的になってきた。

映画監督の要求がだんだんリアル志向になってきて、銃の照準の向こうに撃たれる人が写って弾着の煙も上がるというような構図を要求し始めたから、さすがに実銃を使うわけにはいかなくなった。

リボルバーは実弾の代わりに空砲をそのまま入れればいいだけだから簡単だが、オートはそうはいかない。

2発、3発と撃ち続けるシーンを撮る場合、自動排莢するオートの機能は活かさないといけないから銃口を塞いで、ショートリコイルのロック機能などは逆に破壊して、空砲の火薬圧だけでスライドが吹き戻るメカにしないといけない。
そうしないと一発撃つごとにカットを割らないといけなくなる。


ステージガンに改造してしまうと、銃としての機能はもうなくなってしまうので珍しい、あるいは非常に高価な銃を改造してしまうとあとはジャンクと同じ価値しか無くなる。

だからかどうかわからないが、1970年代の映画なんかを見ると洋画でも、ハリウッド映画でさえも結構いい加減な銃を使っていることがある。

前回「地獄の黙示録」の項目で米軍兵士が実際に米軍の支給拳銃のM1911A1を使用しているのを見て感心したと書いたが、そんなの当たり前のように思うかもしれないが実際には「あの映画に出てきたあの銃はウソ」「この映画あの銃の使い方はウソ」「その映画の銃の威力の表現はウソ」とかいいだしたらきりがないくらいウソが多い。


あの映画の銃はウソだ…は言い出したらきりがないがあんな本物志向の超大作でもウソの銃を使っているという例をひとつ紹介。

1970年代のすべて本物の超大作「ファイナルカウントダウン」

この映画に出てくる空母ニミッツは、本物だ。

しかもそのニミッツの艦上で、俳優たちが演技している。

その傍にあるA6イントルーダーやF14トムキャット、A7コルセアなどの艦載機はすべて本物で、本物の離発艦のシーンがふんだんに見られる。

カーク・ダグラスが演技をしていたブリッジは実際のニミッツのブリッジだし、後のトム・クルーズのトップガンなんかと違って、ロービジ化する前の部隊マークや機体シリアルなどのマーキングのディテールもくまなく写しているしアメリカ国防省もこの映画にはPR的要素があったとはいえ出血大サービスの撮影許可ぶりだった。

トムキャットと零戦の空中戦も実写だった(さすがに零戦は本物というわけにはいかず映画「トラ!トラ!トラ!」の時にT6テキサンから改造されたものだったし、ミサイル着弾のシーンは模型だったが)

そんな超本物志向の大作だが、テッポは脇役中の脇役だったからかぞんざいな扱いだった。





1941年の冬にタイムスリップしてしまった米最新式空母「ニミッツ」の
F14はアメリカの民間船を襲う「ゼロ戦」を発見しこれを撃墜した
そして捕虜になった「ゼロ戦パイロット」の「知らない!
何もおぼえていない!」
という超不自然な日本語のシーンの後
この日本人は警備の米兵の銃を奪って女性を人質にしてしまう




さてこの警備の米兵から奪った銃が問題だ
この銃はどう見ても1970年代に米軍が使用していたM1911A1ではない




幾つかの特徴によりこの銃はコルト社の市販向け45口径の「Mark IV / Series70」モデル
不鮮明なキャプチャでもはっきりわかるのはハンマーのサイドが平らで銀色に光っていること
そしてセーフティの突起が幅が広い民間向けのタイプ




そのMk IV/Series70のハンマー、セーフティ周りのアップ
ハンマーやバレルは軍用モデルと素材が違うようで銀色に
ブラッシュアップしたサイドをむき出しにしている
セーフティの指かけははばがひろい




こちらは軍用モデルのM1911A1のハンマー、セーフティ周りのアップ
ハンマーはサイドも他と同じパーカライジング仕上げ
セーフティの指かけは幅が狭い
トリガーにメッキがかかっていないところにも注目




Mk IV / Series70のハンマーのサイドは完全にフラットだ
ハンマーやトリガーに入った滑り止めのセレーションは横縞タイプ




M1911A1のハンマー、セーフティの滑り止めはクロスチェッカータイプ
ハンマーのサイドはフラットではなくハンマースパーが左右に張り出しているタイプ




刻印も全く違う
民間モデルの左サイドには「Mark IV / Series 70」というモデル名と
「ガバメントモデル」というニックネームが大きく彫られている




軍用のM1911A1の左サイドにはコルトパテント情報と製造元のコルト社の刻印しかない




民間モデルのMark IVのトリガーは縦縞タイプ




M1911A1のトリガーはクロスチェッカータイプで
トリガーの指が当たる面も丸く面取りされている




軍用モデルの遠目でもわかる特徴をもうひとつ
軍用モデルには紛失防止の紐をくくりつけるランヤードリングがある




民間モデルのMark IVにはランヤードリングがない


出てくる空母も飛行機もすべて本物という超大作にしてこれだ。

発砲シーンもあることだし撮影用に米兵が実際に使っているコルトを借りるわけにもいかないので、艦内にプロップガンを持ち込んだが本物そっくりのM1911を持ち込むのは許可が下りなかったのか、単に小道具に手抜きをしたのか…事情はよく知らない。

70年頃の映画には結構こういう手抜きがあったので、案外事情は後者かもしれない。


いやあ、さすがはアメリカ人
やることが大雑把というか細かいことにはこだわらないというか
テッポのディテールなんか誰も気にしていないだろうと思ったのかはともかく、アメリカ映画なんてこんなもん…それにひきかえ本邦の邦画は考証が行き届いている…というわけでもない。





嵐寛寿郎の代表作「鞍馬天狗」のスチール
鞍馬天狗は坂本龍馬あたりをモデルにしているのかどうか
精緻な剣術の使い手でありながらここ一番には拳銃も使う




先のスチールで使用している銃はこの二十六年式拳銃であるのは独特のスタイルから間違いない
しかし二十六年式はその名の通り明治二十六年に陸軍に
制式化された銃なので幕末の志士が持つのは時代が合わない


アラカンのニックネームの嵐寛寿郎時代の鞍馬天狗は昭和2年から30年代まで続く。
先のスチールが戦前版なのか戦後版なのかわからないが、二十六年式なんていう渋い銃を使っているところを見ると戦前版でステージガンというよりは当時市販されていた実銃を使用しているのかもしれない。
(戦前は二十六年式や南部式拳銃などが普通に銃砲店で販売されていて、一般の人でも購入して拳銃を所持できた。そうした市販の銃をプロップガンとして映画会社が使用していたのは不自然ではない)

何れにしても明治中期に近代陸軍の騎兵のために開発された拳銃なので、幕末の志士が持っているのは考証的には問題がある。





坂本龍馬の肖像写真(via Wikipedia)
この写真でもブーツを履いているのがわかる
実際の龍馬は袴に大小を落とし差しに帯びて、ブーツを履き、
オーデコロンを愛用し懐にはスミスアンドウエッソンの拳銃を忍ばせていた
今の時代でいえばスマホなどの新し物ガジェットにすぐに飛びつくタイプか…




その龍馬が実際に使用したと思われるスミスアンドウエッソンのモデル2アーミー
幕末の頃の最新式の銃といえばこのタイプになる


《以下余談》

以下余談だ。

坂本龍馬は京都の伏見でこの拳銃を使って池田屋事件を引き起こしている。
当時幕府の指名手配がかかっており通報を受けた伏見奉行所が捕方を繰り出して身柄確保を試みたが、龍馬と動向を共にする三吉と名乗る山口県人とともに、発砲事件を起こしその場を逃走、伏見奉行所の捕方に負傷者が出た。

今日でいえば罪状は銃刀法は置いとくにしても、公務執行妨害、傷害、発砲で捕方を殺害する意思があったとしたら殺人未遂などの重大犯の容疑者ということになる。

維新の功臣で日本の未来を築いた偉人(今日では異論も多いが…)にして重大犯でる。


まあ150年も前の話だから多少の荒事も功績に免じてということなのかもしれない

しかし以前大阪の造幣局の桜の通り抜けの取材をした時に、この由来を紹介する流れで意外なストップがかかった。

造幣局の桜通り抜けは元は藤堂家の大坂屋敷にあった殿様の道楽の桜並木を、藤堂藩邸接収で造幣局になったときの初代造幣局局長・元長州藩士の遠藤謹助が
「この見事な桜を局員だけで鑑賞しているのは勿体無い」
と市民に開放したのは始まり。

この遠藤勤助がどういう人物かというくだりで、品川の英国公使館焼き討ち事件の首謀者「高杉晋作」の一味であり…と紹介しようとしたところ大蔵相造幣局の広報部から
「その件はご容赦願いたい」
とストップがかかってしまった。

確かに遠藤勤助が品川公使館焼き討ち事件に直接関与したという証拠もないので、これは素直に応じたが100年以上も昔のことに役所は今でもこだわるんだなと感心した。
国の行政府の初代責任者が、火付け、住居不法侵入、傷害などの容疑者では困るということなのかもしれない。




2019年3月13日
















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