映画に登場するプロップガン〜ご存知かと思いますが映画での銃の表現って結構ウソがあるしリアルな表現は意外に見える
銃について多くの人が誤解していることがあって、実際にはそうならないんだけどなぁという間違ったシーンが映画や小説なんかにも結構ある
銃は人が思っているほど威力がないし、即死もしない…が人が思っているほど銃創は簡単には治らない。
銃で撃たれたからといってすぐにその場でこと切れる…という映画やドラマでのおなじみのシーンは実際にはそうそうあるもんではなく、動脈に深い銃創を作って失血性ショックが起きるというレアケースを除いて重症でも大抵は撃たれた後数時間は生き続ける。
逆に銃で撃たれても簡単な手当でまたスーパーマンみたいな活躍をする映画も多いが、実際には銃で撃たれるとすぐには死なないが失血による体温低下で運動能力は大きく落ちる。
銃で撃たれれば銃創は大抵深いし、骨が折れていることも多い。
すぐには死なないが、かといってすぐに復活して敵をばったばったとなぎ倒す…なんてこともそうそうあり得ない。
映画や小説には結構「それはないわ」という嘘のシーンがある。
逆に一般的には「そんなことあり得るの?」ということがリアルだったりする。
例えば以下の事例
【水中で銃は撃てる?宇宙で銃は撃てる?】
これについては実際に撃った動画があるのでこれを参照願いたい。
水中で銃を撃つと弾丸の軌跡が本当はどうなるかを超スローモーション撮影した「Underwater Bullets at 27,000fps」via GIGAZINE
リンク先の実験ユーチューバーの動画から水中での発射の瞬間
また真空の宇宙空間には酸素がないが、それでも銃の火薬は発火するのかという疑問もこれと同じく発火には酸素は必要ないので射撃はできるという結論になる。
銃の火薬は空気がなくても内部の火薬に酸化剤のニトロと可燃材のカーボンが含まれているので密閉されていても撃発は起きる。
むしろ銃の発展の歴史は、空気と火薬を切り離す戦いだった。
火薬が湿気ると不発になるからだ。
火薬は綿火薬にしろ黒色火薬にしろ、元からそれ自体に化学反応に必要な元素がすべて含まれている。
発火に必要なのは、反応のきっかけになる熱か衝撃だけだ。
熱をきっかけにしたのが火縄銃などのマッチロック方式で、衝撃をきっかけにしたのが雷管を使ったパーカッション方式だ。
現代の銃器はほとんど後者の仲間になる。
銃の発火の障害になるのは酸素の不足ではなく、むしろ火薬が湿気て不発になることなので、金属の薬莢で包んで空気と切り離すのが銃の進歩の帰結だった。
だから水中でも宇宙でも発射はできる。
むしろ水中や宇宙では酸素がないことが問題なのではなく、別の問題が起きる。
水の抵抗は空気の抵抗より桁違いに大きいので、水中で発射した弾丸は1〜2メートルも進むと殺傷能力はなくなってしまう。
水中ではむしろ素潜り漁などに使う水中銃の方が威力がある。
またオートの場合は排莢や次弾の装填がうまくいかないので連射ができないかもしれない。
宇宙ではもっと困ったことになる。
宇宙では空気の抵抗がないので、銃弾は一応の殺傷能力がある。
しかし宇宙には重力がないので、弾を前に撃ち出すのと同じ反作用が発射する人にもかかって後ろに吹き飛ばされてしまう。
当然命綱をつけて発射はするだろうが、足をしっかり固定しないでそんな大きな反動を受けたら樽の中の猿のようにあちこちに飛ばされ跳ね返されその間に命綱をつないだ宇宙船に激突して宇宙服の気密が破れたり大変危険なことになる。
旧ソ連では宇宙での銃撃戦も研究していたそうだが、光線銃やバズーカ(無反動砲)のようなものを模索していたようだ。
【オート拳銃の水平撃ちは射撃の名手のシンボルか?】
銃を撃つ時に銃を水平に構えて撃つ「水平撃ち」「横撃ち」は確か最初にやり始めたのはジョン・ウーあたりの香港アクション映画だったと思う。
最近のハリウッドのガンアクションは、香港アクションに汚染されている。
それであの横撃ちは実際に通常の構えで撃つよりも有利なのかという疑問があるが、普通に考えて百害あって一利なしだ。
ところが海外の質問サイトで自称「元海兵隊員」が「ラフに狙う時はむしろ普通の構えより有利」とか書いたらしく、最近では水平撃ちはプロが認めた手練の射撃スタイルと勘違いしている人を見かける。
銃の水平撃ちはほぼ無意味だが意味があるケースもなくはない
モーゼル・シュネルホイヤーのような機関拳銃は普通に構えてフルオートを撃つと
銃口が反動でジャンプして初弾以外は天井を撃つことになる
水平に構えればマズルジャンプは左に跳ねるので数人いる敵の
一番右の人物を狙ってジャンプするに任せたら大まかに何人かには当てられることになる
いわゆる馬賊撃ちというやつでフルオートで数人相手にする時に限って
しかもモーゼルに限ってこの撃ち方は有効かもしれない
国民党軍がモーゼルのために採用していたことからも有効と思える
水平撃ちはモーゼルのフルオートの場合のみ有効かもしれない。
モーゼルはエキストラクターとエジェクターが中心線上に並んでいるので、排莢は真上に飛ぶ。
水平に構えれば排莢は左横に飛んでいく。
それ以外の銃の場合は右横に排莢が飛ぶようにエジェクターがレイアウトされているので、水平に構えると排莢は上に飛んでいく。
むしろ自分の顔に向かって飛んでくるので、とても鬱陶しいことになるしチンチンに焼けた排莢が襟に入ったりしたら
「アッチッチッ」
とか漫画みたいなことになる。
フルオートで銃を撃つのは、M93Rについても書いたがとても特殊な銃のケースで大抵のオート拳銃はセミオートだから顔に向かって飛んでくる薬莢を我慢してまで水平に構えるメリットはない。
一発ずつなら反動は両腕で押さえこめる。
モーゼルにしろ、ベレッタM93Rにしろ、スチェッキンにしろフルオート射撃用にストックが用意されているので、水平撃ちをするよりもストックで肩付けをして撃ったほうが確実ということになる。
水平撃ちは単に映画の演出のためで、実銃ではメリットはほぼない。
それに水平撃ちって本当にカッコイイ?
あれすごくダサいと思うのは私だけ?
【銃を突きつけて「手をあげろ」はあり得ない】
これも非常によく見かけるシーンなんだけど、銃を持った者が相手の背中や胸にピッタリ銃口を押し付けて「手をあげろ」といういうシーン。
ああやって銃を突きつければ相手は身動きが取れなくなると思うのは一般的なんだけど、銃に精通して訓練を受けている人が相手だったらあれは良いカモなんだよな。
ネットでも検索すればマーシャルアーツなど、相手の銃を奪ってねじあげるという技の実演がでてくる。
心得があって、撃鉄が起きているかどうかを見極められる基礎的な銃の知識があれば、相手の腕をとって銃を取り上げ、逆にねじ伏せた相手の頭に奪った銃を突きつけることも可能だ。
もちろん素人の生兵法は怪我の元なので、訓練を受けていない人は実際にそういうシチュエーションに遭遇した時に真似をしてはいけない。
しかし銃の心得があるなら銃を突き付けたりしないで、銃を持った腕の脇を締めて少し距離を置くはず。
むしろこういう距離を置いてくる相手のほうが危険ということになる。
それに9mm口径以上の大型拳銃の場合、「ショートリコイルシステム」というロッキングメカがあって、このために銃口を手のひらで押さえると引き金を引いてもハンマーが落ちなくなる。
天空の蜂
ショートリコイルのオートは銃口を押さえられると発砲できなくなるし、ダブルアクションのリボルバーはシリンダーを掴むと発砲できなくなる。
日本映画離れした緊迫感のあるアクション映画の「天空の蜂」は、原発を人質に日本政府に要求を突きつけてくるテロリストと、悪用された空では無敵の攻撃型全自動輸送ヘリの設計者の応酬を描いた作品。
この作品の最後の方で、怒りに任せて本木雅弘の額にニューナンブを突きつけた江口洋介、その手を取り引き金を引かせて自分を殺させようとする本木雅弘の取っ組み合いのシーンがある。
銃を突きつけられた方が引き金を引こうとし、銃を構えた方が必死で撃たないように堪えるという逆パターンのシーンが新しい。
江口が突きつけたニューナンブ、その手をとって自分を殺させようと本木
引き金にかかった人差し指を上から押さえられて発砲しないように必死でこらえる江口…
と、斬新なんだけど人差し指の力で必死に堪えなくても左手でシリンダーを掴めば
どんなに強い力で引き金を引いても撃発は起きない
銃の構造を知っていれば成り立たない緊迫シーン
【フルオートを超スローで撮影すると飛んでいく弾が並んで見える?】
最近はCGが普及してブランクを撃っている映像に曳光弾の光を描きこんで実弾を撃っているような映像に加工するのが流行っている。
CGがあればなんでもできる。
ただしCGクリエーターにちゃんとした銃の知識があればの話だ。
マトリックス
弾が飛んでいくCGといえばやはりこの映画だ。
この映画では超スローで弾が飛んでいくのを体をのけぞらせて避けるシーンを、300度ほど囲んだ静止画カメラの連続撮影で撮った。
この画像をスローのコマとして編集したCGシーンが話題になった。
日本のアニメの「攻殻機動隊」の影響を強く受けたこの映画だが、この視点移動のシーンは攻殻の真似ではなくウォシャウスキー姉妹(!)のオリジナル。
問題はこのシーンに何発分の弾丸が描き込まれたかだ。
例の銃弾が飛んでくるのを体をのけぞらせて避けるシーン
このコマの直前にすでに一発弾が通過しており
さらにこのすぐ後ろに2発の弾が向かってきている
デザートイーグルを撃ったエージェントとの距離はおよそ10メートル
つまりこの瞬間に10メートルの空間に5発の弾が飛んでいる
さらにラストシーン、3人のエージェントが数発ずつ撃った弾がネオに向かって飛んでくる
これも距離は7〜8メートルというところ
これらのシーンの射撃距離にこだわったのは実は理由がある。
銃の弾がどれくらいのスピードで飛んでいくかが問題だからだ。
ここに銃口初速表、つまり銃の弾がどれくらいのスピードで飛んでいくかという表がある。
マズルエネルギー - Wikipedia
この映画でエージェント達が使用しているデザートイーグルは41AEか44マグナム弾を使用する。
44マグナムの銃口初速は、この表では470m/Sつまり一秒間に470メートルも飛ぶということだ。
大まかに言えばマッハ1.3ぐらいにはなる。
1秒に470メートルも飛ぶということは10メートル飛ぶには1/47秒、つまり0.021秒ということになる。
10メートルの距離に5発の弾を飛ばそうとしたら0.1秒で5発を撃ち切らないといけない。
つまり0.1秒で5回引き金を引かないといけない。
銃のメカも0.1秒で5回撃発・排莢・装弾を繰り返さないといけない。
これは一分間に換算すると3000RPMということになり、拳銃どころか機関銃でも不可能なサイクルで、バルカンファランクス並みの発射速度ということになる。
たとえ相手はコンピューターのエージェントソフトだとしても物理法則に従うならばこれは不可能な数字だ。
この速度で弾を撃てればミサイルでも撃墜できるということになる。
同じ計算式をラストシーンに当てはめればさらに凄い数字になる。
4020RPM、バルカンファランクスの最高サイクルでイージス艦に積んでいるような高性能機関砲と同じサイクルでデザートイーグルを発射しないといけない。
数字で検証すれば答えは明らかでいかにスローで撮影しても機関銃の弾が並んで飛んでいくところを映像で捉えるのは不可能と言える。
メンフィス・ベル
マトリックスはCGで弾そのものを描いて、ありえない映像になってしまったが、実際に機関銃の発砲を撮影したらどんなふうに映るかをリアルにCGで再現した走りがこの映画だったと思う。
時は第二次世界大戦のヨーロッパ線戦、大陸侵攻の足がかりを得るためにドイツ本国の工業地帯を爆撃する任務を負ったアメリカ陸軍の航空爆撃隊。
大隊初の25回出撃達成を迎えたメンフィス・ベル号の若い搭乗員たち10名は、ドイツ本国でも最も防空網が固いブレーメンへの爆撃任務に向けて離陸する…というお話。
アメリカの工業力の粋を集めた大型爆撃機B-17が、まるで西部劇の幌馬車隊のように心細く感じてしまうような過酷な航空戦を描き出した佳作。
重爆も撃墜できる20ミリ機関砲を全開で発砲しながら迫ってくるメッサーシュミットBF109の群れに取り囲まれて、0.5インチや30口径の旋回機銃だけで渡り合う銃手たちの緊張感が伝わってくる。
両翼の外装20mm機関砲を発砲しながら迫ってくるドイツ防空軍のメッサーシュミット
これにまだ十代の舷側銃手たちが30口径のブローニング機関銃で応戦する
曳光弾の弾が映っているというCG加工がされているが
機体の振動で曳光弾の軌跡がゆがんでいるのがリアル
このメンフィス・ベルの映像を見ると機関銃の連射のシーンでも、同じフレームに2発以上の弾は映っていない。
このB-17の機関銃手が撃っているのは、ブローニングのM1919機関銃で、口径は7.62mm、発射サイクルは400RPM。
つまり1秒間に6〜7発の弾が発射される。
7ミリ程度の小さな弾は昼間でも見えるものではない。
そこで4発に1発ぐらいの割合で弾帯に曳光弾が混ぜられている。
曳光弾は弾頭のお尻に線香花火のような火薬が仕込まれていて、光りながら飛んでいくので着弾点を確認しやすい。
この映像は曳光弾のみが見えているので、フルオートを撃ちまくっているシーンでも1秒間に1〜2発しか曳光弾は見えない。
1秒間に30口径の弾は800メートル以上飛んでいくので、航空戦の平均的な射撃距離は200〜400メートルだとしても同じフレームに曳光弾は2発並んで映ることはありえない。
つまりこの映像はとてもリアルだということになる。
【闇に紛れて頭を撃つスナイパーは実際にいる?】
とても多くの人が誤解していることで、銃で撃たれたらひとこと
「俺は本当はお前を信じていた…コトッ」
とかストーリー展開に重要なことを言ってこと切れるというドラマのようなことにはならないということがある。
拳銃を持っている警官とサバイバルナイフを持っている暴漢どっちが強いかという話があって、ニューナンブの38口径を5発撃ち切る前にナイフを持った暴漢は警官に飛びかかって心臓やけい動脈にナイフを突き刺したりすると、ナイフよりも銃を持った方が先に死ぬということになるという話題をどこかで読んだ。
だからナイフを携行した暴漢には拳銃ではなく、警棒で、できれば長い立番用の棍棒で対峙するということになっているらしい。
銃を撃つよりもまず相手のナイフを叩き落すことに専念せよということで、人道的な配慮ではなくナイフで逆襲される受傷事故を防ぐためにそう奨励しているそうだ。
人は銃で撃たれたからってよほどの当たりどころでない限り、その場でばったり倒れたりはしない。
ましてや頭は顔面を除く大部分に痛感神経がないので、頭を撃たれても気がつかないことがある。
心の旅
そういうことをリアルに描いている映画もある。
この映画は「黒いものも白く丸めてしまう悪徳弁護士」が、ふとタバコを買いに寄ったコンビニで強盗に出くわし頭を銃で撃たれた結果「外傷性記憶喪失」になり、撃たれる前の記憶をなくしてしまうというストーリー。
この弁護士はクライアントや裁判の係争相手だけでなく、事務所内や家族にまでプレッシャーをかけ続ける傲慢な男だったが、記憶を失ってから心優しい人物になり、結局記憶を失うが家族の愛を取り戻すという心温まる物語。
この冒頭のコンビニ強盗に撃たれるシーンで、額に22口径か32口径と思われる銃弾を受けたハリソン・フォードが、そのまま自分でコンビニから出て行く。
額には銃創があるが、そこから安物のドラマみたいにドバッと血が出ないのがかえってリアルだ。
脳内には大きな脳動脈があるが、ここに当たらない限りドバッと血が出たりしないし脳自体には痛感神経がないので頭を撃たれても鈍器で殴られたぐらいの衝撃しか感じないにちがいない。
最近は演出過剰な映画が多いので、こういうオーバーな演出をしない映画の方が逆にリアルだと感じる。
アメリカン・スナイパー
人は頭を撃たれると死ぬが、腹を撃たれたら生き延びると思っている人もいるが戦場では実は腹を撃たれることの方が深刻な結果になる。
フィクションのスナイパーものでは、音もなく遠隔から頭を狙撃して、撃たれたものも静かに死んでいくなんてシーンを時々見かけるが、実際にはスナイパーは頭は狙わない。
クリント・イーストウッド監督の「アメリカン・スナイパー」でこんなシーンがある。
戦地についたシールズの狙撃部隊に属する主人公に、現地の兵が
「頭を下げろよ、敵の狙撃兵に頭を撃たれるぞ」
と言われる。
それに対して主人公は
「頭は撃たれない」
と短く返す。
現地の兵士に「狙撃兵に頭を撃たれるから注意しろ」といわれて主人公が切り返すシーン
原語では「Be free from watching ya head」と言っている
「頭に注意しても仕方がない」というぐらいの意味だ
日本語吹き替え版はもっと直接的に「狙撃兵は頭は狙わない」と訳していたような記憶がある。
これは吹き替え版の訳がニュアンスとして近い。
狙撃兵は頭を狙ったりしない。
人間の頭は不意に動いたりする。
そうすると外すことがあるので、一番動きが少ない重心付近、つまりヘソの当たりを狙うのが狙撃兵の基本。
頭を撃って静かに敵を倒すなんてのは映画の中だけのことで、腹を狙って結果的に外して頭にあたるということはあるかもしれないが最初から頭を狙うことはない。
狙撃兵が頭を狙わない理由は実際にレティクルを覗いてみたらよくわかる
これくらいの距離なら頭でも足でも好きなところを狙えるし多分外しはしないだろう
でも4倍スコープでもこの大きさの視界になるには距離5メーターまで接近が必要
この距離でスコープを使って狙撃することはサバゲですらまずない
距離40メートルぐらいでもうこんな大きさになる
この距離でも頭を狙うより腹を狙った方が確実にあたるのが実感できる
これで距離150〜200メートルぐらいでまだ小銃射撃の基礎的な距離
それでもこの距離で頭を狙うなんてありえないことはこの視界を見れば一目瞭然
ましてや400m〜1000mなんて距離を要求される実戦のスナイピングで頭を狙う発想すら浮かばない
スナイパーが頭を狙わないのは「外す確率が高い」からだが、理由はそれだけではない。
スナイパーの本当の任務は相手を殺すことではなく敵部隊に重症者を出して敵を足止めすることなので、腹を撃ってできるだけ長い時間部隊の動きを鈍らせた方が目的にかなう。
「プライベート・ライアン」という映画で狙撃兵に撃たれた兵士がしばらく生きていて、その兵士を助けるために小隊が長時間足止めを食うというシーンがあった。
狙撃兵は一撃必殺みたいに思われているが、実際には戦場では相手を殺すのが任務ではなく、相手の部隊に重症者を出させて隊の戦力をダウンさせるのがメインの任務だ。
だからあのシーンでも、そのチャンスがあったにもかかわらずワザととどめを刺さなかった。
あれはとてもリアルなシナリオだった。
ジャッカルの日
スナイパーがなぜ頭を狙わないかという明確な答えを描いた映画もあったことを思い出した。
アルジェリア独立をきっかけに、フランスの英雄ドゴール大統領は右翼勢力に命を狙われるようになった。
しかしフランス憲兵と警察の鉄壁の警備網で暗殺計画はことごとく失敗したため、右翼勢力は外部のプロの暗殺請負人に依頼することにした。
そのコードネームは「ジャッカル」。
誰にも止めることができない謎の人物「ジャッカル」と、パリ市警察のエース警部の息詰まる情報戦が始まる…というストーリー。
あと一歩まで追い詰められるが結局追跡網の隙間から逃げおおせた「ジャッカル」は、ついに解放記念日のパレードに臨席したドゴールの姿をスコープの中に捉えた…
ジャッカルは一撃必殺のためにダムダム弾という特殊な
装薬を用意しドゴールの頭を狙って必殺の一撃を放つ
ところがラテン系とアングロサクソン系の習慣の違いという
皮肉な要因で受勲者のほおにドゴールがキスをするという慣例を
知らなかった「ジャッカル」は初弾を外してしまう
この映画は紙一重でドゴール暗殺成功の一歩手前まで迫ったプロの暗殺請負人が描かれている。
実際にこれに近いプロがいたと原作者のフォーサイスは語っているし、ゴルゴ13という劇画もこの「ジャッカルの日」がモデルになっている。
【ゴルゴ13のような1000メートル必殺必中の狙撃は可能か?】
さいとうたかをがジャッカルから着想を得たと思われるゴルゴ13で、人間には不可能だと思われる超人的な狙撃のエピソードが幾つかある。
その中に防弾ガラスで完全に防備したギャングのボスを狙撃するために、1000メートル離れたビルの屋上から防弾ガラスの同じ一点を何発も狙撃して防弾ガラスを破ってしまうというエピソードがあった。
防弾ガラスでも同じ一点に何発もライフル銃の弾が当たれば何発目かには貫通できるという狙いだ。
1000メートル先の人物を狙撃できるというのも神業に近いのだが、1000メートル先の自分が撃った弾痕にぴったり着弾させるというのはあまりにも絵空事だった。
ところが現実に1000m以上の狙撃を成功させている人物がいる。
前項でも触れた「アメリカン・スナイパー」に登場するクリス・カイルは実在の人物で、イラクで2000mクラスの狙撃を成功させて「レジェンド」というニックネームで呼ばれているのも事実に基づいたエピソード。
劇中で「狙撃距離1920m」と言っているが、果たして1900メートル先の人物なんて見えるんだろうか?
アメリカン・スナイパーのクリス・カイルが使用しているライフルのストックに注目
彼が使用している7.62mm口径のライフル銃弾は1000mで5メートルの落差で落下する
そしてこの数字は温度、風速で大きく左右されるのでそれを勘で補正するのは不可能
そこで弾道計算の早見表をストックに貼り付けて鉛直落差などを計算する
問題はこの補正落差の大きさだ。
一般的に7.62mm小銃弾(30-06弾)は有効射程は800mで通常は100〜400mの範囲内で使用されることを前提にしている。
銃口初速こそマッハ2を超えているが、1000m飛ぶと弾速も落ちて着弾するのに1.3秒もかかる。
クリス・カイルの1920mという狙撃が現実的に可能かということだ。
この距離だと、弾速はさらに落ちて着弾までに3秒近くかかる。
3秒弱の自然落下だから射線との落差は計算上30メートル近くにもなる。
1920m先のバリケードに隠れている狙撃手だから見えているわけでもない、気配だけ感じている相手に時間差3秒で30mも上を狙って命中させることが可能なんだろうか?
でもそれをやったからクリス・カイルはレジェンドと呼ばれている。
この数字がどれだけ盛られているのかは知る由もないが、これが可能なら800メートルのマンターゲットに必殺必中という狙撃は可能じゃないかという気がしてくる。
ちなみに前項の「ジャッカル」は狙撃距離を50mと踏んでいた。
暗殺者は野戦のスナイパーと違って無理をしないのかもしれない。
2019年12月19日
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