映画に登場するプロップガン〜ミリポリが登場する「ロリータ」、チーフが登場する「蜘蛛女」など銃が活躍するちょっと希少なフィルム
前回ルガーが登場する映画としてルイ・マルの「鬼火」を取り上げたんだけど、これでちょっと悟ったことがあった。
M16が登場する映画としてベトナム戦争ものの映画のタイトルをずらっと並べておけば、確かに間違いない。
ピーメが登場する映画としてジョン・フォード時代からマカロニ、ニューウエスタンまでずらりと映画タイトルを並べておけば間違いはない。
でもベトナムもの映画にM16が登場するのなんかその映画を観ていない人にも想像できるし、西部劇にピーメが出ているなんて誰でも知っている。
ピーメが登場しない西部劇とかM16が登場しないベトナムものとかそういう視点で探したほうが面白い作品があるかもしれない。(「ソルジャーボーイ」とか「許されざる者」とか…)
先回でチーフとミリポリを磨いたので改めてこの二挺が登場する映画を探してみたんだけど、チーフが登場する「グローリア」とかミリポリが登場する「ゴッドファーザー」とか普通すぎて面白くもない。
ルガーといえば普通戦争映画を挙げるだろうけど、私の中ではルイ・マルの「鬼火」が強烈に印象に残った映画だった。
やっぱり取り上げるとしたらそっちだよな。
ということでミリポリとチーフが登場するギャング映画以外の映画。
Smith & Wessonのチーフスペシャルのコクサイ製モデルガン
チーフのこの美しい円形のストックバットは司法警察の私服警官や
アンダーカバーたちが背広の下に隠すために開発された銃
そしてSmith & Wessonのミリタリーアンドポリスのコクサイ製モデルガン
その名の通り軍用、警察用を目指して19世紀末に開発されたリボルバーのマスターピース
ミリポリが大活躍する映画といえばほぼギャング映画か1960年代以前のポリスもの…
というイメージなのだが意外な映画で重要な小道具として登場する
ロリータ
ナボコフの原作小説を大胆に演出したスタンリー・キューブリックの代表的な映画作品。
原作のウラジミール・ナボコフの「ロリータ」は「背徳的」「反キリスト教的」という理由で4社の出版社から出版を拒絶され出版後も一大センセーションを巻き起こした問題作。
今日の「ロリコン」「ロリータ・コンプレックス」という言葉は、このナボコフの小説が語源になっている。
この少女の悪魔的な魅力に健気に服従する中年の心情を描いた小説を、ほぼ別物と言っていいくらい大胆な解釈と換骨奪胎の演出で映画化したのがスタンリー・キューブリック。
大学教授のハンバート(ジェイムズ・メイスン)は下宿先の未亡人に気に入られたが、実はその娘のロリータが気になっていた…
結局母親と親しくなるが、彼女が見せた亡くなった夫が自殺用に用意していた拳銃をみせられ、あることに気がついてその心にある計画が浮かぶ…
というあらすじなんだけどナボコフの原作とはほぼ別物…というよりナボコフのシチュエーションを借りただけで物語はもうキューブリックオリジナルといっていい。
小説はあどけない子悪魔のような少女の蠱惑的な魅力を描いたために「反キリスト教的」という烙印を押されて出版が難航したが、キューブリックの映画はそういう「反キリスト教的」な部分はほぼカットされて、ロリータに魅了された愚かな大人たちがその後何をしでかしたか…という部分に興味の中心が移っている。
だからキューブリックの映画は特に上映禁止にはなっていない。
懇ろになった未亡人に「亡夫の遺品の自殺用に用意した拳銃」を見せられる主人公(メイスン)
靴を履こうとしてふと銃を見て男はハッとする
「弾は入っていないから大丈夫よ」と未亡人は言っていたが
正面から見たらしっかり弾が入ってるじゃん…ということに気がついて
男の心にロリータを独り占めするある計画が浮かぶ…
映画で使用されているのはSmith & WessonのM10の2.5インチモデル
リボルバーは弾が入っていたらこの通り前からはっきり見える
ところが「この銃は弾が入っていないから大丈夫だよ」といって引き鉄を引いて
家族や友人が死んだり自分も死んだりという事故があちらは本当に多い
例えばシカゴのテリー・カスなんかも拳銃で戯れていて事故死したはずだ
このキューブリックの「ロリータ」はモノクロ作品だし、絵作りが古典的なので古い映画のように思うが、年代的には1962年作品で「スパルタカス」の後、「博士の異常な愛情」の前でその次が「2001年宇宙の旅」だからキューブリックが一番脂がのりきっていた時代の作品だった。
少女愛を謳い上げた原作を忠実に映画化したらねっとりした映画になりそうだが、キューブリックはカラッとしたストーリーテリングに徹底していた。
冒頭からいきなりメイスンがピーター・セラーズに拳銃を突きつけて「お前を殺す」というシーンから始まるのがそもそも原作と全く違う。
そしてよく見ればこのファーストシーンの拳銃が、あの未亡人に見せられたミリポリだった。
これがドラマツルギーのルールの「チエーホフの銃」というやつだろう。
物語の早い段階に登場した要素が、のちのちストーリー展開の重要な要素になっていくという鉄則。
キューブリック、意外に演劇的なのかな。
ロリータの小悪魔的少女の魅力よりも、それに振り回される大人たちのドタバタに近い葛藤の方に興味が完全に移っている。
だから映画版ではこのシーンに登場する拳銃、ミリポリが重要な要素になってくる。
結局その「計画」は全く見当違いな展開で実現してしまうのだが…
キューブリックの映画で「ロリータ」を演じたスー・リオン(Wikipediaより)
当時15歳だった彼女は原作小説の少女より一回り歳が上だった
それでも「ロリコン」的人気があってアメリカでも日本でも評判になったが
ほぼ一発屋でその後いろんな映画にちょい役で出て話題になるだけ
どちらかというと男運がないというか、男を見る目がないというか
スキャンダル以外で話題にならなくなって昨年末にひっそりと亡くなった
御歳73歳だったそうだ
手元のミリポリは4インチだが映画に登場したのは2.5インチだった
キューブリックの映画をよく見るとSmith & Wessonのブルーイング
ぬめっとした黒い銃の光り方がよくわかると思う
手元のもう一挺がチーフスペシャルの2.5インチ
この銃の光り方がよくわかる映画、最も重要なシーンでこの銃が出てくる映画がある
蜘蛛女
チーフスペシャルが登場する映画なら普通警察ものだろう。
というイメージでいえばこの映画も警察ものかもしれない。
しかしこの映画の本筋は主人公が警察官で、犯罪者を追い続けるポリストーリーというわけではない。
それどころかこの主人公は捜査上知り得た情報をギャングに売り渡したりして裏金を溜め込んでいる悪徳警官だ。
悪徳警官だからモラルなんかないし、そんなもの屁とも思っていない。
そのモラルを屁とも持っていない悪徳警官に色っぽい女ギャングの警護任務が舞い込んできた。
たった一人で女と向き合うと、女は当然のように男を誘惑し始める。
女に締め上げられた途端に部屋に踏み込んでくる身柄引き渡しのFBIの捜査官たち…
「なにやってるんだ、お前?」
と呆れ顔の男たちの前でズボンを慌てて引き上げる悪徳警官…
この物語はこのように誘惑する側と、その誘惑に弱い男の情けないピカレルスクムービーになっている。
悪徳警官の妻は優しく屈託がない…ようにみえていて実は
夫の隠し金のことも愛人のこともすべて知っていた…
すべて知っていたのにこの屈託のない笑みで夫の銃を彼に突きつける
この妻の謎の笑いもこの物語の重層的な恐怖の大きな要素になっている
彼女がふざけて突きつける夫の公務用の拳銃はグロックのG17
ところがトラッカーの映像を見ると悪徳警官(ゲイリー・オールドマン)は
スタームルガーのセキュリティシックスを使っている
そしてラストシーン
オールドマンはFBI捜査官のレッグホルスターから
奪い取ったスナブノーズの銃で「モナ」(レナ・オリン)を撃つ
5発撃った後でこの銃を口にくわえて自殺を図る
このシーンで使用されているのがSmith & WessonのM36チーフスペシャル
このシーンをよく見ると奪い取った初弾は床を撃って失中、次の3発がモナに命中して
最後の一発は天井に当たって失中しているのがしっかり描かれている
口にくわえて引き鉄を引いたがもう弾は残っていない
S&Wやコルトの多くの銃は6連発だがM36は装弾数が5発
こういうところがしっかり描かれているのはさすがだ
この映画は悪魔的な悪女に翻弄された情けない男が堕落し、それでもまだ誘惑と脅しに流されて最悪の選択をした結果すべてを失うという、男なら戦慄を感じずに観ることができない映画になっている。
ギャングに捜査情報を流しては小銭を稼いでいた小悪党警官が、ある時そのギャングと対立する「モナ」と出会い、ギャングにこの女を始末するように脅迫される。
ところがこの女もしたたかで、逆にギャングのボスを殺せばその倍の報酬をやるとモナに迫られる。
さらに金だけでなく自分も男の愛人になってやると、色と欲の両面で誘惑してくる。
なんとか両方にいい顔してうまく逃れようと小智慧を働かす男は、その浅知恵のせいでかえって窮地に追い込まれ、ついにモナに銃を突きつけられてギャングのボスを生き埋めにする羽目になり、殺人の共同正犯にされた上に、愛人も殺される。
この女から妻だけでも守ろうとして妻を高飛びさせるが、この妻が別れ際に言った
「私の本当の心は鏡台のアルバムを見ればわかるわ」
という言葉に従ってアルバムを開くと過去の愛人がすべて写真にとじられていた。
最後のページ
「モナ」
と書かれたページの写真はすべて抜かれていた。
ここで男性の鑑賞者、特に妻帯者は恐怖を感じるに違いない。
妻はすべてを知っていた。
妻はすべてを知っていたということをモナも知っていた。
だからモナの最後の言葉に男は心底恐怖を感じた。
そしてその戦慄がラストシーンにつながる。
いずれの映画でもストーリー展開の重要なシーンでミリポリとチーフが重要な役割をする
発砲シーンが印象に残る映画でもあるしSmith & Wessonのブルーイングの仕上げが
どんな感じの色合いなのかどんな光り方をするのかよくわかる映画でもある
この映画はシェークスピア俳優のゲイリー・オールドマンとスウェーデン出身の元モデルのレナ・オリンという異色の組み合わせが火花を散らすような演技をしていて話題になった。
ラストの発砲シーンも、そうならざるを得ないという強い必然性があるよくできたストーリー。
女にはすべて見抜かれているのではないかというのは男の根源的な恐怖なのかもしれない…ということが通奏低音のように響く恐怖映画だと思う。
2020年4月19日
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