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「特攻の生みの親」黒島参謀のこと

ウソで塗り固められた史観あり


「特攻の生みの親」黒島参謀のこと〜ウソで塗り固められた史観あり

最近ちょっと気になることがあっていろいろ調べてみた。
最初のきっかけはこの時、以前靖国神社の遊就館を見に行ったときのことを書いた。
2008 年 1 月 9 日
靖国神社に公式参拝したぞ

この戦争展示のうち半数近くが先の大戦の特攻にまつわる展示品で、この内容が心に突き刺さるような凄まじい内容だったので、前回も膨大な文字数を費やして
「日本人ってはっきりいって戦争に向いていない、アフォなアニメでも作って『ニホンて平和でオモロそうだな』と外人に思われている方がよほど日本人の国民性に合ってる」
なんて書いてしまった。

それはそのとおりだと今でも思っているのだが、あの凄まじい特攻がフィクションでも何でもないという事実が今でも何か心の中にイヤな後味を残している。

特攻作戦に粛々と参加して死んでいった若い兵士達の勇気と義侠心には素直に脱帽する。
しかしこの特攻作戦自体は「醜悪」の一言だ。
一体誰がこんな愚劣な作戦を思いついたのだろう。
これで戦争に勝てるなんて本当に信じていたのならとんでもない妄想狂だし、信じてはいなかったが他に方法がなかったからやったのだとしたらとんでもない退嬰的敗北主義だと思う。
どちらにしてもまともな人間の発想じゃないし、事実特攻作戦は華々しいイメージとは裏腹にほとんど戦果らしい戦果も挙げず、これでどこかの戦況が変わったという事実もない。
兵士がいくら勇敢でも指揮官が無能だったら結局戦争には勝てないということを証明しただけだ。


一般には特攻作戦は昭和19年に海軍の大西中将が現場航空隊員と打ち合わせして突然発案して、現場の意思により進められたということになっている。
大西中将は特攻作戦を発案したお詫びに終戦直後割腹自殺をしたということになっている。

大西中将の慚愧の念を疑うつもりはないが、どうもこの話はキレイゴト過ぎる気がしていた。

それでもこの定説は結構根付いていて、
『特攻』を愚かな作戦だったのげしょうか? 私の父親は『海兵』卒で、終戦時には海... - Yahoo!知恵袋
こういうところを見ていると、特攻作戦の愚劣さは認めるが他に取る手段もなく、この勇敢さのおかげで今日日本人は海外で尊敬の念を勝ち得ているというのが一般の常識になっているのが見て取れる。
そして発案者は大西中将だというのも常識のようになっている。
これは本当の話だろうか?


ところが最近NHKの番組で、番組名は知らないのだが当時の海軍の軍令部や兵器厰の現場の士官の戦後の証言(大部分はカセットテープに収められた録音)をまとめた番組を見て面白いことを知った。

一般には上記の通り現場指揮官の大西中将が昭和19年に「突然」特攻作戦を思いついたことになっている。
しかし兵器厰では戦争の極初期の頃から特攻専用の航空機、水雷艇、潜航艇、白兵自爆のための特殊な潜水服などを開発して、そのテストを始めていたという証言が飛び出してくる。
あきらかに「大西中将の発案」よりもずっと前から既定方針として準備されていたということだ。

この兵器厰の士官が自爆潜水服や特攻潜航艇のテストをしていたが、結果が思わしくないので視察にきた軍令部の士官に
「テスト中の事故で多くの兵士が亡くなって、愚劣な兵器で貴重な戦力が失われている。このような思いつき兵器は実戦では使い物にならない」
と訴えたところ
「そのような了見で戦争遂行ができるか、この国賊」
と罵られたという証言をしていた。

この兵器厰の士官は
「とんでもない傲慢だ。真珠湾作戦の参謀だから彼はもう神格化されていて、誰も彼には反論できないのですよ。 だから議論にも何にもならない」
といっていた。
この視察にきて彼を罵った軍令部の士官は黒島軍令部第2部長という名前が写真とともに紹介されていた。
そう、この人物はパールハーバー空襲作戦の作戦立案と遂行に当たってこの作戦を大成功させた連合艦隊の黒島亀人先任参謀その人だ。

さらに別の証言で、当時の軍令部の第1部長が
「ある日第2部長が部屋にきて『必死必殺の特殊攻撃というものはどうだろうか?』と彼のアイデアを話していった。その内容は飛行機や特殊艦艇に爆弾を積んで敵艦に体当たりするという内容だった」
と証言していた。
どうやらそもそもの「特攻」の発案者は大西中将ではなく、この黒島参謀だったらしい。
その時期も「戦況が悪化して他に打つべき手段がなくなってしまった」時ではなく、戦争の極初期の頃だということも明らかになる。
どうやら一般に信じられていることにはかなりウソがあるようだ。


この黒島参謀という人は確かに証言通りある意味神格化されている。
真珠湾作戦を大成功させた名参謀だ。
その立ち位置はある意味、日本海でバルチック艦隊を壊滅させた当時の連合艦隊参謀の秋山真之先任参謀とよく並んで讃えられる。
なんせ航空攻撃のみによってアメリカ海軍の主力戦艦6隻を撃沈あるいは行動不能にしてしまったという日本海海戦以来の大戦果を挙げた参謀だ。

20世紀Foxの映画「トラ・トラ・トラ」という映画を見ると黒島参謀は「鑑真」というあだ名を与えられ、戦艦の自室に立てこもって作戦の想を練っていたというシーンが紹介される。
ここでも、この作戦は黒島参謀一人の草案で彼の名参謀ぶりが描かれている。


しかし最近こういう本を読んだ。


真珠湾攻撃総隊長の回想 淵田美津雄自叙伝

これはなかなかの名著で、単なる戦記物とは全く違って歴史の現場はどのように進行したかが空気感まで伴ってリアルに伝わってくる本なので興味ある方には是非お薦めしたい本だ。

この淵田中佐の自伝によると、この人は大阪で育ち海軍に入ってからは航空畑を進み、
「これからの海軍の主力は航空兵器である。大艦巨砲は間もなく時代遅れになる」
と主張し始める。そのプロパガンダが過激だったために懲罰の対象になり一時期は閑職にまわされるが、山本五十六に抜擢されて結局真珠湾作戦の航空隊の飛行隊長として自ら先陣を切ってパールハーバーの艦隊の上空に突入することになる。

そしてかねてからの彼の主張通り航空兵器のみによる大戦果を挙げることになる。
彼の自伝には日本軍がアメリカに大打撃を与えた喜びよりも、
「砲艦主義者のコチコチのアタマに爆弾を落としてやった快挙だ」
という喜びの方がはるかに大きく書かれている。

どうやらこの淵田中佐という人は根っからの武人で技術者という性格の人だったようだ。
敵はアメリカではなく保守的な大艦巨砲主義者だったという話はこの本の随所に出てくる。

そしてこの本にはこの作戦を「立案」した黒島参謀ヘの賛美は一言も書かれていない。
彼からしたら真珠湾空襲作戦は「自分の草案である」ということらしい。
それどころかこの本には
「山本五十六は腰抜け」
とか艦隊参謀の及び腰を批判する文章が見られて驚かされてしまう。
どうやら淵田中佐から見ると、山本五十六もその幕僚も
「戦争の遂行現場のことを何も知らないで、前線の何千キロ後方で机の上だけでものを考えている連中」
ということになる。

そしてミッドウエイ海戦を
「とんでもない傲慢の結果。アメリカをなめきっていたしっぺ返しを食らった」
と斬って捨てる。
そのミッドウエイ海戦のまぎれもない作戦立案者があの黒島先任艦隊参謀だった。


しかもこのミッドウエイ沖海戦の敗北の原因も一般に信じられている通説はかなりウソが含まれている。
一番よく聞くのは南雲中将の判断ミスで攻撃機を爆装から雷装に積み替えていた時に、米機の急降下爆撃を受けて空母4隻を一気に失う大損害を被ったので、米艦を発見した時に雷装にこだわらずに爆装のまま攻撃機を発艦させていたらば、エンタープライズなどの米主力空母を補足できて、結果は全く違った・・・・という通説。

しかし、これは歴史を解釈するのにタブーの「したらば」が含まれてるだけでなく、この解釈は飛行機のことを全く知らない人の思いつきでしかない。
残念ながら海兵77期の私の父親ですらこの俗説を信じていることを先日知って驚いた。

南雲中将が適切なリーダーだったかどうかはともかく、この雷装転換をあげつらって南雲中将の判断ミスと批判するのは完全に間違っている。

攻撃機の水平爆撃なんて、動いている的にはまず当たらないのだ。

艦上攻撃機の水平爆撃は真珠湾でも使われた。
真珠湾では、艦上攻撃機の水平爆撃は甚大な戦禍を挙げた。
だから水平爆撃はこの場合でも効果はあったはずだというのがこの批判の根拠になっているようだ。

しかし、このときの的は止まっていたから当たった。
もし的が動き出して回避行動をとり始めたら水平爆撃の効果は極端に下がることは、この攻撃の編成を考えた淵田中佐らもよく知っていたろう。
それでも水平爆撃を採用しなくてはいけない特殊事情が真珠湾の場合はあった。

もともと米海軍太平洋艦隊の本拠地はカリフォルニア州のサンディエゴだ。
私もここに行ってみたことがあるのだが、ここには広大な軍港施設があって巨大な戦闘艦が何隻も碇泊しても十分な港の大きさがある。
ところが太平洋戦が始まる直前に米海軍は、本拠地をサンディエゴから真珠湾に変更した。
真珠湾は、もともと軍港には向かない。
小振りな港で前進基地としては使われていたが、一方面艦隊を全部収容するには手狭で、ドックも桟橋もにわか作りだった。
米海軍は戦艦を2列に並べて碇泊させてこの手狭なスペースに何とか収めていた。

そこに向かった攻撃の主力は雷撃だったが、雷撃というのは飛行機から魚雷を投下して、その魚雷が自走して船の脇腹に命中してこれを撃沈する。
外側に碇泊している一列目の戦艦はこれで沈めることができるが、2列目の船は全部影になるので魚雷が当たらない。
このためこの2列目を沈めるために艦上攻撃機の水平爆撃を採用せざるをえなかった。
そしてこれは大戦果をあげた。





空襲時の真珠湾の米海軍の陣形(英文Wikipediaより)
2列に並んだ戦艦群とドックに収まった巡洋艦は雷撃では攻撃不可能だ


しかしこれは繰り返すが的が止まっていたからだ。

的が動いていると、1000メートル前後の上空から落ちてくる爆弾は、落ちるまでに的はかなり動いてしまう。
もちろん未来位置を予測して照準するのだが砲弾よりも爆弾は遅いので、爆弾が落ちるのを見てから回避行動をとっても十分間に合った。
もっと低空から爆撃すれば命中率は上がるが、艦隊から打ち上げる対空砲の命中率も上がる。

結局爆装のまま飛び立っても、たいした戦果を挙げられないまま同じ結果になっただろう。


それよりもこの海戦の敗北の理由は作戦そのものの拙劣さのためだという気がする。

黒島参謀と並び称せられる日本海海戦の時の秋山参謀は実際には黒島参謀とは全く違う発想の持ち主だった。
作戦は単純であることをよしとする。
例の有名な敵前大回頭も奇策でも何でもなくて、遭遇戦ですれ違ったあと順次回頭して折り返していたら、時間がかかるだけでなく隊形が乱れて、ロシア艦隊を討ち漏らす可能性があったために、全艦隊をロシア艦隊に平行になるように回頭する方法がこの大回頭だった。





日露戦争の時の日本海海戦の陣形(Wikipediaより)
日本海を突っ切ってウラジオストック軍港に逃げ込もうとするバルチック艦隊と
その進路をふさごうとする日本海軍の企図が最初の出合い頭の陣形にもう現れている




すれ違った1番艦から順番に180度の回頭を実施する
陣形が乱れず艦の順番も変わらない合理的な運動だが回頭しているポイントを
狙って砲撃されると大損害を出しかねない危険な作戦だった




回頭に成功するとロシア艦隊は完全に進路をふさがれる形になってしまった
この時点で勝敗が決まった


作戦の目的と手段が単純であることは重要だ。
なぜなら戦場ではあらゆる齟齬と事故は付き物だからだ。
計画通りに物事は進まない。
予想通りに敵は行動しない。
だから齟齬があってもすぐに回復できるように余計な複雑さは介在しないほうがいい。

この大回頭も一見大博打のように見えるが、日本の補給線を妨害するバルチック艦隊を一隻も見逃すことができないという作戦目的に合わせて編み出された合理的な運動だ。


ところがミッドウェイの拙劣さはどうだろう。
米海軍の空母部隊の奇襲に悩まされていた日本海軍は、今度は自分たちが奇襲をかければ米空母群が出てくるに違いないと考えた。
そのためにミッドウェイに偽の上陸作戦を展開した。
島を占領するそぶりを見せれば米空母群が反撃してくるに違いないと考えた。
それを本当らしく見せるためにアリューシャンに空母部隊を分散した。
アッツ島、ダッチハーバーも攻撃するという同時多方面作戦をとった。

おびき出された米空母を袋だたきにするというのが作戦の概要だった。
こう動けば相手が注文通りに動いてくれるという思い込みがあった。
また索敵の水上機は常に故障なく定刻通りに飛んで、索敵ができるという楽観主義も事態を悪くした。

作戦の全容を理解しない攻撃部隊の「第2次攻撃の要を認む」という無線に、控えの攻撃隊の雷装を爆装に変えてしまうというミスをおかした。

こうした兵も幹部も作戦趣旨を理解していないために起きたミスが度重なり、そのミスが取り返しがつかない事態に波及していく。
現場が要点を理解できなかったのも、ミスのリカバリが利かなかったのもそれだけこの作戦が複雑な作戦だったからだ。

もともと巧緻に過ぎる作戦だというだけでも危ういのに、その概要は暗号を解読されて米軍に筒抜けだった。
そのためにおびき出すはずだった米空母艦隊に逆にその海域で待ち伏せされていた。
発想の誤りの上にミスが何重にも重ねられたのがこの大失敗の原因だった。
どなたかがいわれたが「勝ちに不思議あり、負けに不思議なし」、負けるときはいつも負けるべくして負ける。
負けには常に理由がある。
これもその典型のように思われる。

この作戦を考えたのは例の「鑑真」こと黒島参謀で、この人物は淵田中佐の評する「戦線の何千キロ後方で机の上だけでものを考えている」スタッフということになる。

そしてミッドウェイ以降山本五十六からも疎まれた黒島参謀は、艦隊から軍令部に転出して、そこで例の
「必死必殺の特殊攻撃作戦」
を思いつく。
この表現は言葉は壮絶で勇ましいが、観念だけでは戦場は動かないという現実感がない。

偶然にも前述の兵器廠の士官と淵田中佐が黒島参謀を評した言葉が同じだった。
「驚くべき傲慢」
という一言だ。

この人物は例の20世紀Foxの映画以外でも結構美化されているが、その精神性は「特攻作戦」を強力に進めた人物だ。
特攻作戦については冒頭にも書いたが、私は遊就館を見て特攻作戦という発想そのものに非常な嫌悪感を感じてしまった。
こういう発想をする人間の精神の歪みに思いが至らずにはいられなかったが、黒島参謀というキーワードで偶然にもそのパズルのピースがぴったりあってしまった。

愚劣な人間はいくら失敗しても愚劣な発想から抜け出ることができないのだという教訓かもしれない。
そして一度でもそういう人物に運命を任せてしまった組織は悲劇としか言い様がない。
黒島参謀は名参謀とか「特攻作戦は戦局が悪化して他にとるべき手段がなくやむにやまれず実施された」とかそういうウソの史観をずいぶん我々は信じ込まされているということにも思い致さないわけにはいかない。
この人物について調べたことからいろいろなことを学んだ。




2009年11月7日
















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青木さやか