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マックスヘッドルーム

キャスト マット・ブルワー、アマンダ・ペイズ

これは映画というか88年のテレビシリーズなのだが、わずか14話、1クールしか制作されなかったにもかかわらずサブカルなというか、キッチュな向きの根強い人気がある(しかもビデオはもうずうっと絶版)という作品。

「20分後の未来」
という印象的なタイトルに続いて展開されるのは近未来のTVネットワークが支配する社会の物語で、テレビを通じて市民の思想コントロールをする為にテレビは常につけていなければならないし、テレビにオフスイッチをつけることは重罪とされるという世界観で展開される。

ここに偶然現れた人工知能のマックス・ヘッドルームとその人格のベースになったテレビリポーターが取材合戦を通じて社会の暗部に挑むという話なのだが、もちろん勧善懲悪の話でもないし、第一このリポーターが所属するネットワーク自体が諸悪の片棒を担いでいたりする。
正義の取材リポートやテレビの良心なんて観念もこのマックス・ヘッドルームがどんどん茶化してしまうめちゃくちゃというか崩壊しかけた物語だ。

しかしその世界観は実はコンピュータネットワークに依存する社会について非常に緻密な世界観を形成しており、例えば88年というインターネットもメールも一般には全く知られていないテクノロジーであった時代にもかかわらず「トロイの木馬」という概念が出てきたりする。
(というよりもこの物語が「トロイの木馬」の語源になったのだろうか?
ちょっとこれは調べてみたくなった)

ネットワーク間の取材合戦がエスカレートしてネタを作ったり、現場でネタを買ったりするテレビ局の取材現場の危険な現実もよく描かれている。
(これに類した話は和歌山毒カレー事件の現場で聞いたし、どこやらの保険金殺人疑惑事件の取材現場でも聞いた。この業界は自分をしっかり持っていないと魂を売り渡すことなんて簡単な業界なのだ)

制作はイギリスのテレビ局で、そのせいかこの手のアメリカ映画とはかなりテーストが違う。
アメリカ映画は退廃的な未来を描いていてもなぜか脳天気な世界観になってしまうが、このドラマは「ブレードランナー」辺りにつながるような重い世界観を持っている。
(そういえば「ブレードランナー」の監督のリドリー・スコットもイギリス人でした)

ちなみに「マックス・ヘッドルーム」というタイトルは主人公の人工知能の自称なのだが、その記憶のもとになったテレビリポーターが事故に遭った時に最後に見た看板にマックスヘッドルーム(高さ制限あり)というのが混乱した記憶にこびり付いてそれを自分の名前と思い込んでしまったという話だった。
またこの人工知性は「データが不足している為に頭部だけしか再現できなかった」そうだが、「頭だけの部屋のマックス」という意味も込められている。

なかなか気が利いた設定だと思う。













蜘蛛女

キャスト ゲイリー・オールドマン、レナ・オリン、アナベラ・シオラ

この映画の評で多いのはレナ・オリンとゲイリー・オールドマンの火花を散らすような演技をたたえるということになるだろうと思う。
レナ・オリンはスウェーデンのモデル出身(だったと思う)で女優に転身して注目を集めたという人で、ゲイリー・オールドマンは天才シェークスピア役者として若いうちから評判が高かったという二人だ。

二人の演技の質の高さは、ググッて頂ければいろんなところに書いてあるのでそちらにお任せするとして、この映画自体は出演者、演出サイド、撮影スタッフ、皆ノリにノッて楽しんで作ったというのが画面から伝わってくる秀作だ。

「ほらぁ、こんな恐い話があるんだよ。これに比べりゃホラー映画なんて子供ダマしみたいなもんだろ?」
と撮影スタッフやキャストがつぶやいているのが聞こえてきそうだ。

そう思うくらい、この映画は男にとって、特にある程度年齢を経た既婚者の男にとって戦慄せずに見ることはできない内容になっている。

悪女、毒婦を主人公にした物語、映画は古今東西数限りなくある。
悪女に振り回され、全てを搾り取られて男が駄目になって狂い死にのような状態でカタルシスを迎えるというストーリーはたくさんあるが、その多くは男の駄目さ加減に同情できなかったり、女の悪女ぶりにリアリティを感じられなかったりですんなり入っていけない物語も結構多いのだ。

ところがこの映画は男の駄目さ加減がとても良く理解できる、「そう、そういう誘惑への弱さはオレも持っているよな」という部分がとても共感できる。

様子の良い女性に黒ストッキングの美しいおみ足で締め上げられれば、たいていの男は少しは心動かされる。
ましてや「進むも地獄、退くも地獄、同じ地獄ならたんまり金が入る方へ行ってしまえ」というヤケクソのような心境も痛いほど分かる。

結局マフィアの女ボスに振り回され堕ちるところまで堕ちてすべてを失ってしまう男の物語というのは、男が大好きな「恐いもの見たさ」なのだと思う。

映画というのは見る時の年齢や自分の状況で心に残る部分がかなり変化する。以前に見た時にはこのレナ・オリンの魅力とそれに簡単に篭絡されてしまうゲイリー・オールドマンの絡みばかりが心に残った。
しかし最近この映画を見直してみて、一番恐いのは主人公の奥さん役のアナベラ・シオラが何を考えていたのかということに思い至ってますますこの映画は重層的に戦慄するという構造を持っていることに気がついた。

彼女は旦那の女癖の悪さに薄々気がついている。
しかし男は過去の悪行はバレているかもしれないが、今やっていることは知らないだろうと思っている。
彼女がある日オールドマンに語りかける。
「結局私たちには何が残るの?
セックスには飽きるし、愛情は色あせるわ」
とつぶやく。
しかし男がマフィアの抗争の板挟みになっていよいよ家族にも危険がおよぶという状況で、女房を高飛びさせようと空港まで送った時に彼女は別れ際に言う。
「私の心は化粧台の中の物を見てもらえれば全て判るわ」

結局その物は男の全てを知っているという証拠だった。
「モナ」
と書かれた写真が抜き取られたのは男が処分したのだ。女は全てを直視していた。
モナは死ぬ直前に言った。
「あんたの女房はあんたと同じように死んだわ。」
彼女は「殺した」とは言わなかった。
この奥さんは殺されたのか?それとも男を見限ったのか?

そう思ってみれば、この奥さんの言動は全て裏が読み取れるのだ。
男はマフィアから賄賂を取ってしこたま溜め込んでいたが、そのことは女房にも黙っていて愛人に注ぎ込んだりしていた。
彼女は
「お金で幸せは買えないなんて嘘だわ」
とある日つぶやく。
彼女はどこまで知っていたのだろうか?

どちらともとれるこの曖昧さが男を一層の深い絶望に突き落としているのだと思う。
この心理のリアリティに打ちのめされたのだ。


先日ユーリ・ノルンシュテインのドキュメンタリーがテレビで放送されていたが、私が大好きなこのロシアのアニメ作家が「創作で最も大切にしているのは実感だ」と語っているシーンは天啓のように思えた。
ノルンシュテインは今ゴーゴリの作品の映画化に取り組んでいるが、原作がある作品の映画化についてこんなことを語った。

「あるクリエータはゴーゴリの本を手に取って『ああ、これを映画化しよう。これなら簡単そうだ』とつぶやく。
また別の人物は『ゴーゴリの作品が心底好きだ。だからゴーゴリに取り組む』という。
この二人の姿勢は二人とも間違っている。
ゴーゴリの原作だから映画化するのではなく、ある日その本を読んで『ああこの感情はよく分かる』という実感を持った時にそのクリエータは作品に取り組む資格がある。」

その実感は言葉で表現できる物とは限らない、夕映えの水面の揺らぎとか、深い森の暗さとかそういうあらゆる事象を観察してそれが自分の心にどういう作用をもたらすのかを観察しなさいというのがユーリの教えだった。

我が意を得たりと思ったのは、私は優れた映画というのは(映画に限ったことではないと思うが)全てリアリティを持っていると常々考えていたからだ。

優れた映画はリアリティを持っている。

これは何も写実的な描写が良いと言っているのではない。
ある意味非現実的なシチュエーションにおいても、「もし本当にそういうことになったら人間ってそういうことを考えるんだろうな」というような共感が持てたものが良い映画だということだ。 逆に社会主義クソリアリズムのように現実を描写していても何も心に伝わってこない物は、リアリティがない映画なのだ。
パニック映画は、飛行機が急降下したり宇宙船が爆発したりするとすぐに人々がパニックになる。
しかし本当に重大な危機に直面していることが判ったら、人間というのは静かになるものじゃないだろうか?

そういう人間の心に対する深い洞察がリアリティを生むのだと思う。


この映画では地味ながらアナベラ・シオラの奥さん役が、深い人間の悲しみを湛えているし何も言わないが全て知っているかもしれないという奥さんの沈黙に、実は男には一番深い戦慄を感じてしまうのだ。
この奥さんは何を考えていたのだろうか?
どうなったのだろうか?
この奥さんは男をどう見ていたのだろうか?
そういうことがいつまでも深く心に突き刺さってしまう。

一見の価値がある映画だと思う。













戦艦バウンティ

(イメージはクラークゲーブルが主演した1938年版『戦艦バウンティ号の反乱』)

キャスト マーロン・ブランド、トレバー・ハワード

この映画は多分1930年代にアカデミー賞を総なめした『戦艦バウンティ号の反乱』のリメイクだ。
(確証はないが、この映画自体1960年代の映画だし)
オリジナルは『風とともに去りぬ』のクラーク・ゲーブルが主演したが、こちらは若い頃のマーロン・ブランドが主人公の副艦長を演じている。
マーロン・ブランドは後には、『地獄の黙示録』や『ゴッドファーザー』などで怪優というような称号を得たが、この映画の時代にはまだ2枚目俳優だったことが判る。
(顔はでかいが)

この物語をざっと説明すると、タヒチにパンの木を採りにいくという使命を帯びた英海軍の戦艦バウンティ号で、叛乱が起きて副艦長以下大多数の船員が艦長を太平洋の真ん中で追放してしまったという話で、これは大航海時代に実際に有った話だ。

ことの発端は艦長が食料をケチって船員に腐った肉を食わせたということになっているが、この映画は実はそんな食い物の恨みなんていう話ではなくこの叛乱には根深いストーリィがあったのだということを描き出していく。

トレバー・ハワード演じる庶民階級出身の叩き上げ艦長ブライは『人間を過酷な任務に駆り立てるのはそうしないと厳しい罰を受けるという恐怖心だけだ』という懲罰主義者で、艦長に暴言を吐いただけで水兵を半殺しまでむち打ちにするというような苛烈な刑を船員に次々と下す。

これが貴族出身で寛刑主義の副艦長(マーロン・ブランド)とことごとく対立して、ついには船員全員を敵に回して艦から追放されるにいたる。
しかし追放されてもなおこのブライ艦長はついてきた船員を剣で脅し、部下に過酷な命令を出し続ける。
全く失敗から学ばない人というのはいるものだし、こういう無能なリーダーの下についた部下は大変な思いをするというのは実は今日の現実社会でもなんら変わることはないし、ブライ艦長のような人物は現在のサラリーマン社会にもざらにいる。

しかしこの『正義の叛逆』は結局成功しないし、物語は正義が報われるとは限らないという不条理を描き出しているところがアメリカ映画にしては秀逸だと思うのだ。
(だからアメリカ映画としては人気がでなかったのかもしれないが)

このバウンティ号の叛乱はあらゆる所で引用されているので、こういう話を知っていると物事の陰影が深く理解できるということがある。
例えば『スタートレック』(日本放送時のタイトルは『宇宙大作戦』)という人気テレビシリーズの一番最初のオリジナル作品にもバウンティの故事は引用されている。
コンピュータで制御された無人の戦艦が人間が操作する艦隊とどちらが優れているかという『模擬空中戦』をする物語があったが、このストーリィではコンピュータが叛乱を起こして本当に艦隊を実弾で攻撃しはじめるという展開になった。

この時に艦隊の艦名が「バウンティ」と「ポチョムキン」だった。バウンティはこのブライ艦長への叛乱事件があった艦で、戦艦ポチョムキンの叛乱事件はロシア革命の引き金になった事件だ。
もう一隻の名前は忘れたがその船も叛乱事件のあった船の艦名だったと思う。

こういう故事を知っていると1960年代に制作された旧シリーズのスタートレックは実は歴史的事実からストーリィのヒントを得ているということが多くて、歴史に詳しい人には面白い話が多かったのだ。
1990年代にリメークされたCGをふんだんに駆使した新シリーズのスタートレックにはこういう面白さがなくなってしまった。
確かに映像は進歩したが新シリーズからは教養が感じられなくなってしまった。
コンピュータが叛乱を起こすというテーマは後の時代では「ターミネーター」とか「マトリクス」とかさんざん使われるモチーフになるが、この1960年代にはまだ斬新だったし、そこにバウンティやポチョムキンなどの艦名を散らしておく脚本家の歴史への教養がこのシリーズを面白くしていた。

やや話がそれたが、「バウンティ号事件」はまさに歴史的な叛乱事件で、その事件の詳細をこの映画はドラマチックに描ききった。

この映画では叛乱を起こした副艦長以下全員が軍事法廷で重罪を宣告されるが、しかし裁判員がこの艦長の指揮にも重大な問題があったと指摘するシーンがある。
このシーンがこの映画のわずかな救いだが、現実の軍規もこの事件をきっかけに見直されることになった。

英海軍に限らずどこの国の軍隊でも、上官への反抗は最高刑が死刑という厳しい規定が定められているが、副官に限り指揮官を解任できるという規則がどこでも一般的だ。
これはまさしくバウンティ号のようなケースが想定された規定だが、副艦長が艦長の指揮官としての適格性に明らかな問題を発見した場合はこれを解任して、自分が代わりをつとめることができるというもので、米軍をはじめ多くの国の軍でこの規定が採用されている。
この規定があるから指揮官は、常識はずれな苛烈な命令を部下に常習的にすることができなくなるという抑止力がある。
バウンティの教訓が生かされたということだろう。
これもちょっと余談だった。













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